『BEATLESS』感想

■前書き

 

お久しぶりです。今回は、以前に読み終えた『BEATLESS』の感想をまとめていきたいと思います。そして、『BEATLESS』と言えば、アニメ化されて現在も放送されている作品ですが、アニメ版については視聴していないため、本記事では原作『BEATLESS』の内容についての言及が中心となります。

 

■あらすじ

以下、本書(上巻)の裏面のあらすじの引用

 

100年後の未来。社会のほとんどをhIEと呼ばれる人型アンドロイドに任せた世界では、人類の知能を超えた超高度AIが登場し、人類の技術を遥かに凌駕した産物≪人類未踏産物(レッドボックス)≫が生まれ始めていた。17歳の遠藤アラトは四月のある日、舞い散る花弁に襲われる。うごめく花弁からアラトを救ったのはレイシアという美しい少女のかたちをしたhIEだった。

 

■雑感

 

以下では、はじめに本作品のアナログハックがどのようなものであるかについての確認を行い、後にアナログハックについての確認を下敷きに本作品で描かれていた人とモノとの関係性という点についての確認を進めていきたいと思います。

 

□アナログハックについて

1アナログハックとは何か

 

まず、アナログハックとは何かについての確認から始めたいと思います。以下引用

 

 

「アナログハック!hIEが、人間の形をしているけど、人間と同じ意味を持っていないこと。形が同じだから、意味を判断する人間側が勝手にズレを作って錯覚にはまり込んじゃうの・・・」上巻p108

 

 

 

「カタチを利用して人間を自発的に動かすっていう、社会へのハッキングを行ったのよ」上巻p108

 

 

以上の記述から、アナログハックは人間の認知を逆手にとって、自発的な行動をうながすことであると言えるでしょう。次に、このようにアナログハックが成立する背景とはどのようなものであるかについての確認に移ります。

 

2アナログハックの背景

 

アナログハックが可能となる背景には、第一に人間がどのようなかたちで認知を行うかが把握されていること。第二に、認知の仕組みを前提にどのような性質にどのような認知が働くかという傾向が把握されている必要があること(これはアナログハックが行動を誘発するものであることを考えると、どのような振る舞いでどのような行動が誘発されるかの傾向性が把握されていることは技術として運用されるうえで必要であるように思えます)そして、傾向性を把握できるようなものが成立していること の二点がおよそ挙げられるように思われます。以下では、それぞれが作中でどのように描かれているかを確認したいと思います。

 

まず、人間がどのようなかたちで認知を行うかが把握されていることについてですが、作中では以下の記述で認知の性質についての言及がなされています。

 

 

「視覚って、頭で意味を考えるより速いから、考える前に人を動かせるの・・・」上巻p110

 

 

 

ビジョンはいつも生命よりも機敏だ。アナログハックは、そもそも視覚によるビジョンの受け取りが生物としての判断よりも高速だから、好意にセキュリティホールを開けられるものだ。つまり、情報から像を想起する速度に生命はいつも振り回される。下巻p492

 

 

このことは、アナログハックが可能となる背景には人間の視覚による認知の帰結としての行動は認知された対象の意味についての判断をした後での行動に先行するという事実があることを示唆しているように思われます。つまり、判断に先行して、自動的な反応を返すような傾向性が人間には備わっていると言え、アナログハックはこのような傾向性を前提に成立していると言えるでしょう。

 

次に、認知の仕組みを前提にどのような性質にどのような認知が働くかが把握されている必要があることと傾向性を把握できるようなものが成立していることについてですが、このことについては作中で渡来銀河という人物が言及しています。以下引用部分

 

 

あらゆるHIEのセンサー情報は、それぞれ行動管理クラウドに送り返されて、ここで処理を受ける。このとき、ユーザ―によるhIEの使われ方の情報が、データ自身について記述したメタデータとして、ネットワーク上に繋留される。上巻p443

 

 

 

IEの行動管理クラウドは、自らの質を高めるために、多くの人間用のクラウドサービスと提携している。人間のほうのサービスは、百年以上前からあって、人間にどこかでつながっているデータと、それを扱う中間管理プログラムを膨大に集めている。集まったデータには、こういう濃淡がある。上巻p445

 

 

 

人間がクラウドに要求することで、クラウドには、要求と、似た欲求にスピーディーにこたえるための予習のデータの両方が残る。そのせいで、何年も経つと、よく使われる処理には膨大なデータが高く積み上がり、そうでないところはまばらになる。上巻p445

 

 

 

このクラウド群からは否応なく人間の要求の像が浮かび上がる。集まった要求の濃淡は、サービスが歴史を積むほど人間を精密に形作る。上巻p445-446

 

 

以上の引用部分の内容を要約すると、hIEの一連の行動は、行動管理クラウドや外部のクラウドサービスに蓄積された、hIEが人間にどのように扱われ、どのようなものが望まれているかという情報を参照になされています。また、このようなクラウドサービスでは人間の要求する振る舞いという基準でデータが集積されているからこそ、諸々の振る舞いを好悪という基準で振り分けることを可能にするように思われます。そして、このようなデータベースがあることで振る舞いにより行動を誘発するというアナログハックは可能となっていると言えるでしょう。実際に作中では行動管理クラウドのデータベースに蓄積された情報を参照にレイシアがとった行動にアラトが行動・感情を誘発されている場面が認められます。

 

3アナログハックの一般性

 

前節では、アナログハックが可能となる背景についての確認を進めましたが、ここではアナログハックがhIEと人間のあいだでのみ発生する現象ではなく、人間と人間のあいだにも発生する現象であることを確認したいとおもいます。

 

まず、アナログハックが人間と人間の間においても発生する現象であることを確認するにあたって、作中のエリカ・バロウズというキャラクターについての確認から始めたいと思います。彼女は「二〇一一年生まれの人間で二〇二七年に当時開発されたばかりの被験者になった。その後、七十七年が経過した後に二千百四年に目覚めた」p533という背景を持つキャラクターです。そして、彼女はアナログハックなどが成立していない時代に生まれ、現在そのような技術が当たり前のようにある時代に目覚めており、そのような彼女がかつて生きていた時代においてもアナログハックのようなものは成立していたと主張していることはアナログハックが固有な現象でないことを裏付けているように思われます。以下引用

 

 

いい加減でないとアナログハックなんて機能しない。わたしが子どもだったころだって、ハックみたいに、架空のキャラクターに誘導されていたもの。純粋な架空情報ではなく人が演じる架空の人物や神なら、ずっと昔、たぶん文明の始まりからよ 上巻p554

 

 

また、エリカはファビオンMGというメディアグループのCEOを務めているが、そこでの仕事においてユーザに大きな影響を及ぼしている。そして、このことはかたちで人間を誘導するシステム、つまりアナログハックが経済によって制御されるという事実を認識していることに負うているとされている。以下引用

 

 

かたちで人間を制御するシステムは、そのかたちに破壊的な影響をおよぼす経済によって制御される。そういう仕組みをよく認識しているから、彼女はファビオンMGの仕事でユーザ層に大きな影響を及ぼしている 下巻p156

 

 

以上のことから、百年前にも生きていた人物の視点を経由することでアナログハックという現象はhIEと人間に固有のものではなく、人間と人間のあいだにおいてもモノを経由することで発生するという事実が確認されたと言えるでしょう。そして、アナログハックがhIEと人間に固有のものではないという事実から、アナログハックが成立する背景もこの時代に固有のものではないということが言えるように思われます。それはアナログハックについての問題が過去との連続性をいくらか有することを示唆していると言えるのではないでしょうか。

 

4アナログハックをめぐる問題について

 

前節では、アナログハックという現象がhIEと人間に固有の現象ではないことを確認しましたが、ここでは、アナログハックについての問題の確認を中心に進めていきたいと思います。

 

まず、アナログハックへの批判的立場の一つとして、hIEが人間社会の多くの場所で機能しており、アナログハックで人間の行動が誘発されているという事実に批判的であるという立場が挙げられます。要約すると、社会でhIEが果たす役割が拡大することに脅威を覚え、そのことを主張する立場であると言えます。そして、このような立場の主張の背景にはアナログハックという現象は道具を使用する人間と道具として使用されるhIEの主客の転倒を引き起こしており、そのような事実は主張者の価値基準にそぐわないということがあるように思われます。

 

しかし、前節で確認したようにアナログハックという現象はその時代に固有な現象ではないことが示唆されています。そのことから、作中でのアナログハックへの批判的な立場は、その現象が固有のものではないという事実から一定退けられるように思われます。つまり、アナログハックはHIEと人間に固有な問題ではなく、より広範な問題として扱うという立場が対立意見として浮上してくるのです。しかし、アナログハックによって人間とhIEの立場が逆転しているという事実への忌避感自体は退けがたいように思われます。

 

そして、このことについては道具と人間という観点から問題を整理することで解決するように思われます。以下では道具と人間という観点からアナログハックをめぐる問題についての整理を試みたいと思います。

 

□道具と人の関係性

 

まず、本作品で道具がどのように位置付けられているかについての確認から始めたいと思います。ここでは、上巻でアラトの父、遠藤コウゾウの発言を参照項に道具の位置付けについての確認を始めたいと思います。以下引用

 

 

「時間のために、人間は、仕事を嘱託して外部化する。だから、人間にとって理想の道具とは人間と意志が通じて、かつ道具のように働くものなんだ。けれど、歴史的には、道具の性能がそこに追いつかなかった。だから、奴隷を求めたり仲間になったり会社組織のようなものを作ったりもして、人間を道具のように働かせてきた。」上巻p436

 

 

 

「・・・今の道具のインターフェースが、応答性が高くてわかりやすいのだって、道具を人間に近づけるためだ。道具と人間は、一見離れているが、時間を開放するという同じレールに乗っている」

 

 

以上の発言から、道具は時間の縮減、つまりは過程の省略を可能とするようなものであると言える。そして、hIEは意思疎通可能で人間に可能な行動を嘱託可能であるという点から理想的な道具であるとされている。事実、hIEが人間にとっての過程の省略という点から理想的な道具であることは、本作品でhIEが社会中のいたる場所で活躍している事実が明示されていることを踏まえると説得力を有するように思われる。つまり、従来は人間が行っていたような作業も代替可能となったことで人間にとっての過程の省略は達成されているのです。

 

更に、このことを踏まえるとアナログハックについての問題も整理可能であるように思われます。まず、hIEは、従来は人間が担っていたような作業を嘱託されているという点で道具であると言えます。そして、hIEのアナログハックも従来は人間のあいだでなされていたことが外部化されたものとして理解できるでしょう。そのため、アナログハックは人間の間でなされていたものが嘱託されたものであることから、hIEの問題ではなく、人間の問題として扱われるものであるように思われます。このように道具と人間という観点を経由することで人間とhIEの主客転倒現象はhIEが道具であり、人間に可能な作業のいくらかを外部化されているために発生していると言えるのではないでしょうか。

 

 

 

■まとめ

 

ここまででアナログハックと人間と道具の関係性という二点についての確認を進めてきましたが、本書でとりわけ印象的であった点は道具と人という軸が導入されていることで被造知性脅威論のようなものが異なる問題系に読み替えられるようなつくりとなっていることでした。