『そして明日の世界より』感想

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1 前書き

 

お久しぶりです。今回は『そして明日の世界より』を読み終えたということで、本作品への所感を纏めていきます。また、以下の内容にはネタバレが含まれております。ご注意ください。

 

2 あらすじ

 

四方を海に囲まれた島で、葦野昴は平穏な生活を送っていた。しかし、ある日、突然の知らせが訪れる。それは三ヶ月後に小惑星が地表に激突するというものだった。昴の生活は一変する。しかし、周囲の人々の助けもあって、元の生活を徐々に取り戻しつつあった。そのようななか、新たな知らせが訪れる。それは昴が避難シェルターに入るための権利を獲得したというものだった……

 

以上が大まかなあらすじとなります。

 

本作品では、小惑星の地表への衝突(死の宣告)を足掛かりに、「世界とは何か」と「個人はどのように成り立つか」が描かれているように思われました。以下では、そのことの確認を進めていきます。

 

3 所感

はじめに、「世界とは何か」がどのように描かれているかの確認を進めていきます。本作品において、世界という語句は二つの意味で用いられています。一つは「全人類の社会・全ての社会の集合」としての世界。もう一つは「自分が認識している社会」としての世界です。

 

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引用①

 

この場面では、世界は「全人類の社会・全ての社会の集合」を指していると言えるのではないでしょうか。何故ならば、ここでは昴が小惑星が地表に衝突することを受け入れつつあることが描かれているからです。先述しましたように、小惑星が地表に衝突することの影響は地球規模のものとなります。したがって、昴たちの島もその影響を免れることは難しいでしょう。以上のことから、ここでは小惑星が地表に衝突することの影響が問題とされているため、世界とは「全人類の社会・全ての社会の集合」を指していると言えるでしょう。

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引用②

 

次に、この場面では、「自分が認識している世界」が描かれているように思われます。これは青葉ルートでのある場面ですが、青葉との関係が変化したことで彼の世界が崩れてしまったと書かれています。青葉との関係の変化は昴とその周囲の人々の問題で「全人類の社会・全ての社会の集合」が崩壊するかどうかに関わってくるものではないため、ここでの世界は「昴の認識している社会」を指していると言えるでしょう。ここまでに本作品で世界という語句が二つの意味で用いられていることを確認してきました。次に、それぞれの世界がどのように描かれているかを確認していきます。また、以下では「全人類の社会・全ての社会の集合」を世界①、「自分が認識している社会」を世界②と表記します。

 

次に、それぞれの世界がどのように描かれているかの確認を進めていきます。本作品の随所では小惑星の地表への衝突の公表を契機にあちこちで治安の低下が起こりつつあることが描かれています。一方で、あらすじで確認しましたように、昴たちの生活も一変してしまうものの、周囲の人々の助けもあって、かつての生活を徐々に取り戻していきます。つまり、世界①が崩れつつあったとしても、世界②が安定してあることは可能だということが示唆されています。

 

しかし、世界②の安定も崩れうるものです。再度、引用②を取り上げます。「たった一人、俺の前から人間が消えたというだけで俺の世界はあっさりと砕け散ってしまった」「世界を丸ごと壊されたかのような喪失感」と書かれているように、青葉との関係が変化してしまったことに昴はショックを受けています(それが世界①が終わると知ったときのものよりも大きいかどうかは定かではありませんが)

 

昴がこれほどのショックを受けてしまったことには「個人はどのように成り立つか」が関わってきます。次にそれの確認を進めていきます。

 

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引用③

 

ここでは、世界への認識は周囲の人々との関係のもとで作り上げられるということが書かれています。そして、ここでは周囲の人々との関わりが挙げられていることから、この世界は世界②を指していると言えるでしょう。このように、本作品では個人は周囲の人々との関係のもとで形成される ということが随所で描かれています。とりわけ、避難シェルターの問題はこのことを顕著に表しているように思えます。いずれの個別ルートにおいても、昴はシェルターに入らないことを選択します。そして、その選択の背景にはシェルターに入るためには周囲の人々との関係を断ち切らなければならず、昴はそのことを許容できない ということがあります。つまり、シェルターに入るための権利を獲得したものは昴だけです。そのため、彼がシェルターに入ることが周囲の人々との関係を断ち切ることを意味します。しかし、周囲の人々との交流を重ねるなかで、昴は自分というものはそれ自体で成り立つものではなく、周囲の人々との関係のもとで成り立つものであると気付きます。

 

以上のことから、本作品において、世界①の問題とは別に、世界②の問題も重大なものとして描かれているように思われます。

 

では、これらの描写は本作品でどのように機能しているのか。最後にそれを確認していきます。本作品は、共通ルート・それぞれの個別ルート・After の六つのパートで構成されています。そして、After では避難シェルターに入っていた人々が地上で活動する姿が描かれています。そのなかで、視点人物の男は他のシェルターの様子が悲惨だったこともあり、ある種の諦観を抱いているのですが、偶然、昴たちの痕跡を発見します。そして、男はそれに賦活され、もう一度、世界②を立て直すために立ち上がろうとします。

 

ここで重要なことは世界①は甚大な被害を被っているということです。世界①が重大な被害を被っていたとしても、立ち上がること。これには本作品の共通ルート~個別ルートで描かれていた、「世界とは何か」の問題が関わっているように思われます。つまり、個人を支えるものは世界①ではなく、世界②だからこそ、周囲の人々との関係があれば、立ち上がることが可能なのです。

 

以上のことから、本作品では、小惑星が地表に衝突することを足掛かりに「世界とは何か」「個人とはどのように成り立つか」が描かれているように思われました。そして、そのことは共通ルート~個別ルート~After で描かれており、十分な強度を持って、そのことに成功しているように思われました。

 

4 あとがき

 

個人的に、一つの主題の突き詰め方が好みの作品でしたが、上手く纏めることが出来ませんでした。機会があれば、再読してみたいですね。あと、ここでは書きませんでしたが、「死が約束されているなか、何らかの行動を起こすことの意味」という主題も描かれており、それについては意味はあるという結論が描かれていたものの、そこに至るまでの論理が分からなかったので(これについては自分の読解力の不足によるものです)ここでは省きました。再読するならば、そのあたりも見ていきたいところです。