『君の名残は静かに揺れて』感想

1概要

 

本作品は『Flyable Heart』のFDにあたるものですが、『Flyable Heart』未読であっても本作品の展開を概ね理解できるような作りとなっていました。

 

 2あらすじ

 

ある日、葛城晶(以下晶)は秀でた才能を有する人物を擁することで知られている「私立鳳繚蘭学園」(以下鳳繚蘭)から送付された書類を受け取る。書類の内容は、鳳繚蘭についての資料と晶が鳳繚蘭に入学することを許可されたという旨を伝えるものであった。食事に並々ならぬ熱意を注ぐ晶は送付された資料にあった食堂についての記載を見て入学を決意し、鳳繚蘭へ向かうのであった。

 鳳繚蘭へ向かう最中、大橋にて晶は物憂げな雰囲気を醸し出す少女、白鷺茉百合(以下茉百合)と出会う。彼女は鳳繚蘭の生徒会にて副会長を務めており、生徒会副会長としての彼女は誰に対しても分け隔てなく接する優しい人物であった。生徒会特別援助委員に任命された晶は、生徒会の仕事をこなすなかで徐々に茉百合に惹かれていく。だが、誰に対しても分け隔てなく接する彼女の在り方には過去のある出来事が深く根差していた。

 

3雑感

 

先のあらすじにあるように晶は生徒会の仕事をこなすなかで茉百合に惹かれ、交流を深めていきます。そして、その過程で過去にあった出来事が徐々に明かされていくといった作りがとられています。

 本作品において、印象的であった点として過去にあった出来事が茉百合にもたらした精神的な変化が解消される過程の描かれ方が挙げられます。茉百合は過去にあった出来事から他人と親密な関係を築くことに一線を引いており、誰に対しても分け隔てなく接するという態度をとっていました。換言するならば、過去の経験から誰かと特別な関係を築くことを忌避していたとも言えます。しかしながら後に彼女は晶と交流を深め、恋人になるのですが、これは誰に対しても分け隔てなく接するという態度を改めることを意味しているととることもでき、晶と茉百合が結ばれるまでの過程は過去の経験が解消される過程を描いているとも言えます。

 しかし、とりわけ印象的であったことは茉百合の過去の問題の解消を恋人関係の成立から描くだけではなく、彼女自身の在り方の変化を通して描いているという点にありました。

 恋人となった晶と茉百合は交際関係を認めてもらうことを目的に白鷺家の屋敷に数日間滞在することとなります。そのなかで茉百合が過去の経験から精神的な負荷を受けていて、そのことから特別な関係を築くことを忌避していたことを知る人物から、今回の交際も後々に茉百合に精神的な負荷をもたらしうるのではないかと問い詰められることとなります。

奇しくも、晶は茉百合の過去の出来事に関わりがある人物と縁があり、そのような自身が彼女と特別な関係を築くことにわずかながらのしこりを残していました。そのため、晶は問いかけに答えることに窮してしまいます。

ですが、茉百合はその問いかけに「大事な人を失うことがあったとしても、たとえ一人ぼっちになったとしても、私は自分であり続けるわ」と応答します。

忌避していた特別な関係を築くのみならず、過去にあったような大切な人との離別を再び経験することとなったとしても自身の在り方は揺るがないと他ならぬ茉百合自身が主張する。彼女の在り方の変化によって、彼女自身の過去の問題のみならず晶のしこりも解消されたという描かれ方が印象的でした。

 

他にも、白鷺家の屋敷に滞在するなかで茉百合の出自についての秘密が明かされていき、その過程で描かれていく白鷺家の家人の思いも本作品の見所であるように思われました。

 

総評として、FDでありながら一個の作品として完結していて、コンパクトに纏まっているように思われました。