『華氏451度』感想

前書き

この記事にはネタバレが含まれています。

先日『華氏451度』を読み終えたので、今回は自分がこの作品を読み進めるなかで印象的であったことを中心にまとめていきたいと思います。

以下では本題に移る前にまず簡単なあらすじの確認から始めます。

 

あらすじ

 

指定された書物の焼却を仕事とする焚書官のモンターグは、ある日の帰路にてクラリスという名前の少女と出会い、以降彼女と交流を重ねる過程で自身の置かれている現状に徐々に疑問を抱き始める。そして、モンターグは好奇心から何冊かの本を読み進めていくことになり、やがてはその行動が彼の環境を大きく変えることとなる・・・

 

舞台はテレビやラジオなどのメディアが主流なものとして台頭している社会で、指定された書物は所持することを禁止されており、所持が発覚し次第焚書官がそれらの書物を焼却するというシステムが成立していることから、メディアとしての書物はすっかり後景に退いています。

 

以上が大まかなあらすじとなります。以下では印象的であったことをいくつかのトピックに分けて確認していきます。

 

1コミュニケーションの様態の変化

 

モンターグにはミルドレッドという名前の妻がおり、彼女はラウンジ壁と巻貝という二つのメディアに執心しています。そして、ラウンジ壁とラジオはそれぞれがテレビとラジオに相当するもので、作中の描写(以下引用)から彼女が日頃よりそれらのメディアに親しんでいることが伺えます。

 

 

巻貝で十年の訓練を積んでいるので、ミルドレッドは読唇術のエキスパートである。[i]

 

 

印象的であった点は、彼女とのコミュニケーションが、身近にいながらも意識は別の方向を向いているという点から一方向的なものとして描かれている点にありました。

そのような点はモンターグにも意識されていて、いくつかの描写(以下引用)からそれが伺えます。

 

 

さて、そのあたりを考えだすと、そもそもミルドレッドと自分とのあいだには壁がある。文字通りの壁、一枚どころか、いまや三枚だ![ii]

 

 

 

「もう誰もぼくの話など聞いてくれません。壁に向かってはしゃべれない。向こうがぼくに向かってわめくだけですからね。妻とも話せない。妻は壁の言うことしか耳に入らないんです。」[iii]

 

 

以上の二つの描写に見られるように、モンターグは彼女とのコミュニケーションが一方向的なものであることを意識しています、そして、このようなコミュニケーションの様態の端緒にラウンジ壁や巻貝などのメディアが台頭していることが位置付けられているように思われました。

 

2書物の位置付けについて

 

クラリスとの出会いを契機に現状に疑問を抱くようになったモンターグは、やがて書物に触れるようになるのですが、そのような彼が書物に寄せる思いは以下のような箇所に現れているように思われます。

 

 

「・・・だから、本が助けになるかもしれないと思ったんです。」[iv]

 

 

モンターグは、それまでに現状に疑問を抱くことのなかった自分が書物に触れることで新しい視座を得ることができると期待している節があり、そのような彼は書物のことをある意味で啓発的なものと見なしているように思われます(そして、このような彼の意識は後に妻の知人に詩を朗読することで彼女たちの意識を改革せしめんとするシーンに現れているように思われます。)ですが、このように述べる彼にフェーバーという教授は以下のように返答します。

 

「・・・書物には魔術的なところなど微塵もない。」[v]

 

ここでは、モンターグが書物に寄せている期待が否定されています。そして、本作品では書物が禁止された社会で書物に触れていく焚書官を視点に話が展開されていきながらも、先一連の描写から書物を過信することの危うさについても描かれています。また、このことは前述したラウンジ壁(テレビ)や巻貝(ラジオ)によるコミュニケーションの様態の変化が描かれており、それらのメディアがある意味批判的に描かれていることも踏まえると、本というメディアをする過信ことの危うさについても触れられているという点で巧妙なバランスであるように思われました。

 

総括

著者の名前自体は知っているものの過去に氏の著作に触れた経験がなく、『華氏451度』が初めて触れる作品でしたが、抒情的な筆致が印象的な作品でもありました。氏の短編集にも触れてみたいので、今後は『刺青の男』か『太陽の黄金の林檎』を読み進めたい。

 

 

 

[i] レイ・ブラッドベリ華氏451度』p33

[ii] レイ・ブラッドベリ華氏451度』p75

[iii] レイ・ブラッドベリ華氏451度』p137

[iv] レイ・ブラッドベリ華氏451度』p138

[v] レイ・ブラッドベリ華氏451度』p138