『刺青の男』感想

1前書き

 

お久しぶりです。以前にお勧めいただいた『刺青の男』を読み終えたので、今回は『刺青の男』に収録されている各短編についての所感を中心にまとめていきたいと思います。

 

2概要

 

まず、あらすじの確認から始めます。

 

ある昼下がり、わたしは身体中に無数の刺青が彫られた男と出会う。彼が言うには彫り込まれた刺青は彼が眠ると蠢きだして、それぞれが物語を紡ぎ始めるらしい。そして、夜が訪れ、それぞれの刺青は物語を紡ぎ始めた・・・

 

本作品では以上の「刺青の男」を枠組みの物語に他18個の短編が収録されているという構成がとられています。また、各々の短編は独立しており、背景設定などは共有されておりません(恐らくは)そのため、どの短編からでも読み進めことが可能なつくりとなっているように思えました。

 

3各短編 所感

 

以下では本作品の収録されている18個の短編についての所感をそれぞれまとめていきたいと思います。

 

1 草原

 

日常的な家事や育児などを自動的に負担する機能が備え付けられた家屋、ハッピーライフホームが舞台の話。家事や育児などを外部化しすぎたために親子関係自体が転倒してしまうところが話の肝であるように思われた。テクノロジーの発展に伴った、人間関係の変容は以前に読んだ『華氏451度』においても描かれていたが、こちらは結末などからややホラーテイストなところが強い。

 

2 万華鏡

 

本作品に収録されている短編のなかでもお気に入りの作品の一つ。ロケットの破裂から船外に放り出された宇宙飛行士たちが死に至るまでの過程が描かれた話であらすじとしてはシンプルなのですが、とりわけ心理描写が印象的でした。船外に放り出され、死を待つのみの彼らは誰かの汚点を晒し上げることで自身の生に意義があったことを相対的に主張しようとするも、後に死が近づくにつれて、各々がみじめさを抱えたままで死ぬよりも生に納得したうえで死を迎えることができるように配慮するようになる。このような転換が印象的で死を待つものたちのコミュニケーションの意義が浮き彫りになっているように思われました。また、結末の視点転換が良い。

 

3 形成逆転

 

火星に移住し、そこで労働をさせられていた黒人たちのもとに核戦争で荒廃した地球から白人が訪れるという話。個人的に言及しづらい作品です。素朴な感想として、そこまで戦争が継続していたことが愚かしさを呈しているように思われるところがありました。

 

4 街道

 

核戦争が始まるも、そのことを知らない男を視点人物とした話。視点人物のエルナンドは、諸々の描写から辺境の街道に住んでおり、そのことから世情には疎いように思われる。そして、蚊帳の外のエルナンドを脇に状況が刻々と進展していくという描写は視点人物と状況のギャップを浮き彫りにしており、コメディ的な面白みがあるように思われました。

 

5 その男

 

ある宇宙隊は長旅の末にたどり着いた星に着陸するも、彼らを出迎えるものが一人も来ないことを不審に思った隊長は部下を街に向かわせる。そして、戻ってきた部下が言うにはこの星にはあの男が来ているらしく、町はそのことで賑わっているという話。あの男については面識がある人々が述べる内容も異なり、正体は漠然としたままで終わる。後半部分に隊長と三人の部下のみが星から発ち、他のものはその場にとどまるという場面があるが、ある種の開拓精神のために安らぎを得ることができないという図式がここには見られるように思われました。

 

6 長雨

 

舞台は金星で雨が降り続くなか、安息できる場所を求めて歩き続ける男たちの話。徐々に精神的・肉体的な疲労を覚え、やがては狂気の至る男たちの心理描写がとりわけ印象的でした。

 

7 ロケットマン 

 

宇宙飛行士の父をもつ少年の話。物悲しい結末が印象的でした。

 

8 火の玉

 

宇宙開拓時代に宣教師が火星に向かい、現地の人々を教化しようと試みる話。あらすじとしてはシンプルだが、ぺリグリン神父という弁の立つ神父の講釈が際立っているように思われた。以下引用。

 

「・・・火星の世界に、もしかりに新しい五感や、器官や、われらには思いもよらぬ透明な手足などが存在するとすれば、そこには五つの新しい罪がありはしないだろうか」[i]

 

9 今夜限り世界が

 

これもお気に入りの作品の一つ。世界滅亡前のある夫婦の一夜についての話。以上のようにあらすじはきわめてシンプルで話としても短いのだが、終末においても変わらぬ日常が描かれており、その描かれかたがとてもよかったように思われた。以下引用

 

「水道の蛇口がちゃんとしまっていなかったの」と、妻は言った。

なぜか突然おかしくなって、夫は笑い出した。

妻も自分のしたことがこっけいだと気付いて、夫といっしょになって笑った。[ii]

 

ここでは、終末を前にして、明日のための生活というものが実質的な意味をなさなくなった世界においても、なお普段のように振る舞う姿が描かれていますが、ここでの妙味はそのことが一緒になって笑う夫婦から間接的に描かれていることであるように思われました。また、ここから緩やかにフェードアウトを迎えるところも踏まえて、とても印象的で好きな場面です。

 

10 亡命者たち

 

宇宙船の乗組員たちは突然原因不明の痛みに見舞われるも、目的の星を目指すという話。目的の星では焚書指定された書物の著者らが暮らしており、宇宙船が着陸することを防ごうと奔走するなど寓話としてのテイストが強い作品でした。

 

11 日付のない夜と朝

 

宇宙船の乗組員の一人が発狂してしまう話。ヒッチコックの主張自体はどこかで目にしたことがあるようなものでそれ自体に新鮮さは感じられなかったものの、宇宙船を舞台にこの種の悩みが取り上げられているところは面白いと思いました。

 

12 狐と森

 

戦時下にある未来から時間遡行してきた夫婦が何とか追っての手を免れようと奮闘する話。

過酷な未来から時間遡行してきた夫婦の視点を中心に描かれていることもあって、その時代の文化が輝かしいものとして描かれており、過去の文化への郷愁のようなものが通底しているように思わせられた作品でした。

 

13 訪問者

 

病に冒され、地球から別の星への移住を余儀なくされた人々のもとに不可思議な能力を備えた男が訪れる話。各々が自身の利益を求めるあまりに協同することが出来ず、その結果求めていたものが失われてしまうというオチで教訓性が色濃く出ているように思われました。

 

14 コンクリート・ミキサー

 

侵略を目的に火星から地球に発った人々は現地で思わぬ歓待を受けることになり、後に・・・という話。これもテクノロジー批判の要素が見られる作品であるように思われました。

 

15 マリオネット株式会社

 

本人の身代わりとして動くマリオネットについての話。道具を使用する側と使用される側の関係が転倒するという筋は「草原」を思い起こさせるところがあった。

 

16 町

 

宇宙船がある星に降り立つも、降り立ったさきの町が実は人類に滅ぼされた種族が作り上げたものであったという話。本作品に収録されている短編のなかでは最もホラーテイストが強いように思わされた一作。人間が別の何かに作り替えられていくシーンはとりわけ印象的でした。

 

17 ゼロ・アワー

 

大人たちが子どもたちのあいだで流行る遊びに違和感を覚えるも、そのことを問題としなかったがために致命的な結末を迎えるという話。これもホラーテイストが強い作品でした。

 

18 ロケット

 

これもお気に入りの作品の一つ。テクノロジーの発展に伴い、宇宙旅行が可能となるも費用の問題から家族での旅行は厳しいという状況をある種の詐術で解消する話。資金の不足という現実的な問題を模造ロケットで解消する。客観的に見れば、そこで採られる方策は詐術であるが、子供たちが得た楽しさは本当であるという図式が印象的な作品。抒情的な筆致が強く出ている作品であるようにも思われました。

 

4 総括

 

いずれの短編も良かったように思われました。なかでも「万華鏡」「今夜限り世界が」「ロケット」の三作品はお気に入りと言える作品です。氏の作品では次に『火星年代記』を読み進めたい。

 

                                            

 

 

[i] レイ・ブラッドベリ『刺青の男』p176

[ii] レイ・ブラッドベリ『刺青の男』p215