『サナララ』感想

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1 前書き

 

お久しぶりです。今回は『サナララ』を読み終えたということで本作品についての所感を以下に纏めていきます。また、以下の内容にはネタバレが含まれております。ご注意ください。

 

2 背景設定の確認

 

まず、本作品の所感についての確認に移る前に本作品の構成と背景設定の確認を簡単に進めていきます。

 

さて、本作品は4つの章で構成されており、それぞれで異なる人物を中心に物語が展開されていきますが、その背景設定は共有されています。では、その背景設定とはどのようなもの

であるかを以下で確認していきます。

 

第一に、本作品では「一生に一度のチャンス」という不思議なルールを起点に物語が展開されていきます。「一生に一度のチャンス」とは文字通りにどのような人にも一生に一度のチャンスのことを指しており、その具体的な内容とは対象者のお願いを叶えることができるというものです。ですが、このお願いにも制約はあり、そのお願いが無理な内容であると判断されるようなものである場合にはそのお願いは無効となるとされています。このように、一定の制約はあるものの、この世界では「一生に一度のチャンス」のお願いというルールが成り立っています。

 

第二に、これは先のお願いにも関連することなのですが、お願いのシステムは対象者とナビゲーターという二者で構成されています。具体的には、対象者は文字通りにチャンスの対象者のことを指しています。そして、対象者はお願いを叶えたのちに次のナビゲーターになるというルールが定められています。このルールがあることでお願いのシステムはバトンを渡すように次の人へと受け継がれていくのです。

 

また、ナビゲーターとは対象者にお願いのシステムが具体的にどのようなものであるかを説明し、対象者の願いを叶えることを役目としています。先述したように、ナビゲーターとは直前の対象者です。彼らは自身の願いを叶えた時点でナビゲーターとなり、その日から一週間はナビゲーターの役目につきます。そして、このことはお願いの期限は一週間であることを意味します。このことから、ナビゲーターと対象者の交替は一週間の間隔で行われると言えるでしょう。また、ナビゲーターには任期の間は対象者以外の人物には知覚されにくいという状態になるという性質もあります。

 

以上が本作品の背景設定についての確認となります。以下ではこのことを下敷きに本作品ではお願いのシステムを起点に願いを叶えることの意味が浮き彫りにされていることを確認しつつ、それぞれの章への所感を纏めていきます。

 

3 所感

 

① 一章 椎名希未ルート

 

まず、椎名希未ルートの確認から始めます。椎名希未ルートでは対象者の和也(視点人物)とナビゲーターの椎名希未が出会うことで物語が動き出します。そして、対象者の和也がお願いのシステムに無知ということもあり、希未は彼にシステムの内容を教えるのですが、当初はそのことを信じません。ですが、彼女が他の人々には知覚されていないという異常な事態やお試しのお願いの効力を目にしたことで徐々に彼女の言うことを信じるようになります。このように、一章の一連のくだりは本作品の背景設定を提示するという点で機能しており、導入部分としては良かったように思われました。そして、この章では希未のナビゲーターだった人の言葉に願いを叶えることの意味が垣間見えるように思えます。

 

「だって、そんな目に見えるモノは自分の努力次第でなんとでもなるじゃない?」

「だからこそ、目に見えないモノを誰もが選んでいるんじゃないかな…」[i]

 

以上の台詞は希未のナビゲーターの言葉です。彼女は「好きな人と巡り会えますように」というお願いをするのですが、希未はそのことに疑問を抱き、どうして「好きな人と結ばれ、幸せになれるように」といったような直接的なお願いをしないのかと尋ねます。そして、彼女は直接的なお願いをチャンスで叶えたとしても、自身をそのことに満足できるのかという問題意識を抱いており、そのために直接的にお願いを叶えるのではなく、あくまでも幸せになるためのチャンスをつくるためにお願いをしたのであり、幸せは自分の手で掴みたいと主張します。このことはお願いを叶えることの意味に示唆的であるように思われます。

つまり、彼女の主張によると、お願いのチャンスがあったとしても、それはほんの一助にすぎず、それを足掛かりに自分の力で何かを掴み取ることに意味があるというものです。そして、このような主題は以降の章でも反復されているように思えます。

 

② 二章 高槻あゆみルート

 

次に、二章の高槻あゆみルートについての確認に移ります。このルートでは先のルートとは対照的に雄司(視点人物)がナビゲーターで高槻あゆみが対象者となっています。加えて、このルートではとあるお願いをきっかけに世界がループするという現象が発生します。そして、このループ現象はお願いを叶えることの意味を浮き彫りにしているように思われます。以下ではそのことの確認を進めていきますが、その前にループ中のあらすじの確認を簡単に進めていきます。まず、ループ発生後、二人はしばらくした後にループしていることに気が付くのですが、二人はループのきっかけがあゆみのお願いに関係があると考えます。また、あゆみはお菓子教室に通っているのですが、そこには外国のゲストが訪れており、彼の目にかなえば、海外の留学することも実現しうるという展開が描かれていきます。そして、あゆみたちは留学をすることとあゆみのお願いには関係性があると考え、ゲストの目にかなうようなお菓子を作るために努力します。

 

以上が大まかなあらすじなのですが、この一連のあらすじはお願いを叶えることの意味を浮き彫りにしているように思われます。まず、ループの開始時点ではあゆみのお菓子作りの腕前はゲストの水準には届かないものとして描かれていますが、ループを重ねるにつれて、彼女のお菓子作りの腕前は向上していきます。そして、先に確認しましたようにこのループはあゆみのお願いで発生しているとされています。また、そのお願いには海外への留学も関わっています。ここで重要な点はお願いが直接的に叶えられているのではなく、あくまでもお願いを叶えるための環境(ループ)が実現されており、実際にお願いを叶えるのは彼女の努力にかかっているという点であるように思われます。これは、先に確認したように自分の力で何かを掴み取ることに意味があるという主題を具体的に表しているように思われます。このようにループというギミックがお願いを叶えることの意味という主題が描かれるうえで活用されているという点で巧みであるように思われました。

 

一方で、二章では引っかかる点が見られるところもあったように思われます。先に確認したように、ナビゲーターは他の人々には知覚されにくいという状態にあるのですが、二章のあるシーンではゲームセンターの射的のコーナーで担当の人と雄司が会話をしているというシーンも見受けられました。背景設定を踏まえるならば、雄司と一般の人々との会話が普通に成立するということは無いように思えたので、このあたりは少し引っかかりました。

 

EX1) 一連のシーン

 

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③ 3章 三重野涼ルート

 

次に、三重野涼ルートについての確認に移りたいと思います。はじめに、あらすじについての簡単な確認から始めます。

高畑(視点人物)は一生に一度のチャンスのお願いを叶え、現在はナビゲーターの役目についていた。しかし、対象者が自身の元を訪れることを待つものの、一向にその姿は認められない。そして、期限の最終日を迎えたときに高畑のもとに対象者の三重野涼が訪れる。当初は時間が残されていないということもあり。高畑は涼に早急に願いを叶えるように促しますが、涼はそれをやんわりと断り、高畑の学園に自身を連れていくようにお願いします。高畑はそれを拒もうとするも、次第に涼のペースに巻き込まれていき、最後の一日を二人は学園で過ごすことになる…… 

 

以上があらすじについての簡単な確認となります。次に、願いを叶えることの意味がどのように描かれているかについての確認に移りますが、他のルートとは異なり、このルートでは願いを叶えるの意味は殊更に描かれていないように思われました。何故ならば、このルートでは願いを足掛かりに何かを掴み取ることではなく、涼の行いをきっかけに高畑が一歩を踏み出すという姿が描かれているからです。つまり、踏み出すための一歩の助けが人の手によるものであるという点でこのルートの趣は他のそれとは異なっているように思われました。しかし、このルートでは一日という短い時間の経過が描かれるなかに高畑の挫折や涼との交流のなかでそれが解消されていくさまが丁寧に描かれており、好印象でした。個人的な好みで云えば、一番のお気に入りのルートと言えます。

 

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           このシーンには完全にやられました。

 

 

④ 4章 矢神由梨子ルート

 

最後に、矢神由梨子ルートについての確認に移りたいと思います。まず、あらすじについての確認を簡単に進めていきます。

 

芳沢洋一は、ナビゲーターであることの特権を気に入り、現状を維持するために対象のお願いを叶えずに逃亡するという生活を続けていた。そして、そのような生活が半年に差し掛かるときに対象者の矢神由梨子と出会う。いつものように、洋一はお試しのお願いを叶えたのちに逃走を試みるも、逃走を続けるなかで街中にもかかわらず、そこに人が一人もいないということに気が付く。洋一は、そのことをお試しのお願いによるものと考え、由梨子に再度の接触を試みるが、当初の由梨子は洋一に不信感を抱く。しかし、次第に二人は打ち解けていき、街中で二人きりの生活を楽しむようになる……

 

以上が大まかなあらすじとなります。次にお願いを叶えることの意味についてですが、このルートでも他のルートのようにそのことが描かれているように思われます。かつての洋一は由梨子と同様の学園に通っており、当時は絵を描くことが得意で当人もそのことに自負を持っていました。しかし、卒業後に美大に進学してからは周囲の人々と自身との力量の差を自覚し、そのことに打ちのめされます。そして、由梨子もかつての洋一と同様に絵を描くことを趣味としています。そのような二人は学園のプールの壁に絵を完成させることを目標に一週間を過ごすのですが、ついに期限には間に合いません。しかし、由梨子は二人の作品を完成させたいがためにお願いで絵についての技術や才能を望みます。そして、洋一は以下のように応答します。

 

「過程って、確かに大事なんだよ」[ii]

 

この応答は願いを叶えることの意味に示唆的であるように思われます。つまり、ここでは願いで直接的に何かを掴み取ることに意味があるのではなく、自身の力で何かを掴み取ること、ひいてはそれまでの過程に意味があるということが描かれているように思われます。そして、先の応答を受けて、由梨子は壁画を完成させるための刷毛をお願いします。このように、直接的に才能をお願いするのではなく、目標を実現させるための道具を由梨子がお願いしたということは示唆的であるように思われました。

 

⑤ お願いを叶えることの意味について まとめ

 

ここまでにそれぞれの章の内容を概観するなかでお願いを叶えることの意味がどのように描かれているかについての確認を進めてきましたが、最後のそのことの総括を行います。

まず、チャンスには一定の制約はあるものの、広範なお願いを叶えることができることができます。にもかかわらず、本作品の登場人物たちはそのお願いで直接的に何かを叶えるのではなく、何かを自身の手で掴み取るためのチャンスをお願いで叶えてきました。このことは、お願いを叶えることの意味はそれを足掛かりに自身の力で何かを掴み取ることにあるということを示唆しているように思われます。

 

4 後書き

 

個人的に思い入れの深い作品となりました。お願いは自身の力で何かを掴み取るための一助にすぎないということはある種の綺麗事であるようにも思われますが(本当に広範なお願いが叶うならば、困窮している人にそのような主張はどのような意味を持つのかという点で)だからこそ、本作品の登場人物たちのひたむきな姿に心をうたれたように思われます。精神的に参っているときにプレイしたということもあってか、とても救われました。

 

[i]サナララ』1章

[ii]サナララ』4章