『さくら、咲きました。』感想

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1 前書き

 

ということで、先日『さくら、咲きました。』を読み終えました。率直な感想として、良くないところも見られましたが、一方で、良いところも見られました。以下では、本作品の良いところ・良くないところを列挙し、その根拠についての確認を進めていきます。また、以下の内容にはネタバレが含まれております。ご注意ください。

 

2 所感

 

それでは、本作品の良くないところ・良いところの確認に移るまえに、本作品の背景設定の確認を進めていきます。

 

まず、『さくら、咲きました。』の世界では、「トコシエ」という技術が確立されており、それが一般に普及しています。では、「トコシエ」とはどのような技術か。端的に言えば、肉体の老化を抑制し、擬似的な不老不死を獲得させるための技術を指します。しかし、あくまで「擬似的」であるため、交通事故などによって、肉体が重度の損傷を負った場合、「トコシエ」であっても、死に至ります。しかし、外的な要因がないかぎり、「トコシエ」が死ぬことはありません(自殺は例外でしょうが)

 

ⅰ 良くないところ

 

まず、良くないところの確認を進めていきます。

 

第一に、主題がぶれていること。

 

これを確認するにあたって、まず、物語の大筋をざっくりと確認します。

 

先に確認しましたように、この世界では「トコシエ」という技術が確立しています。そして、「トコシエ」は不老不死であるため、死を身近に意識することがなく、生への実感が希薄になりつつあります。そして、翼(視点人物)も属する「生活部」は、生の実感の希薄さをどうにかし、生きるための活力を見つけていこう という方針で運営されており、翼や他の人物(ヒロイン)たちもそこに所属して、楽しい日々を送っていました。しかし、ある日、隕石が地球に衝突するという知らせが飛び込んできます。そして、これをきっかけに、「トコシエ」たち(翼たちも含む)は死を意識していきます。

 

かくして、問題は、死を突き付けられるなか、それとどのように向き合っていくか ということになります。そして、いずれのルートにおいても、個人が死をストレートに受け入れることが難しい ということが描かれています。つまり、死を見つめることによって、生が意識されると言っても、死を見つめ続けることには苦痛が伴うと言えます。

 

では、どうすればよいのでしょうか?本作品では、「日常」が個人を支えるということが提示されています。つまり、死を見つめ続けることには苦痛が伴うからこそ、誰かと寄り添うことによって(これはルートごとのヒロインでもありますし、「生活部」の面々でもあります)これまでの、あるいは、新しいかたちでの「日常」を維持し、日々を楽しく生きていこう ということが示されていると言えます。

 

このように、小惑星の衝突を足掛かりにして、「トコシエ」が死とどのように向き合っていくか これこそがここまでの主題であるように思えます。

 

さて、本作品では、三つの個別ルート(都、美羽、つばめ)→チャプター「サクラ、桜」→二つの個別ルート(会長、奏)→一つの個別ルート(すみれ) という構成がとられています。そして、先の主題は三つの個別ルートで提示されています。

 

そして、一番の問題は、この構成にあると言えます。具体的に言えば、三つの個別ルートでは、隕石が地球に衝突するまでの過程が描かれており、いずれにおいても、死とどのように向き合うかが描かれています。しかし、チャプター「さくら、桜」においては、そもそも、隕石が地球に衝突するということがフェイクニュースであったことが明かされます。さらには、隕石が地球に衝突するということもなくなったので、「トコシエ」たちは死を意識することが必要なくなり、いままでの日常に帰っていきます。このように、チャプター「サクラ、桜」においては、それまでの個別ルートで問題とされてきた事柄の背景が明かされていきます。

 

また、それだけではなく、チャプター「さくら、桜」においては、作中の時間が約百年経過しているのですが、そのことを足掛かりに、不老不死の「トコシエ」は定命の非「トコシエ」とどのように付き合っていくべきか という主題が展開されています。個人的に、ここがまずいところだと思いました。何故ならば、不老不死の「トコシエ」と定命の非「トコシエ」という対立軸が設定されている以上、そこでは「トコシエ」の死は問題となりません。むしろ、死なないことが問題となります。そして、このように、「トコシエ」の死を問題としないようなかたちで主題が展開されていることによって、それまでの主題が有耶無耶にされているのです。ノベルゲームでは、複数のルートが設定されていることが多く(間違えていたら、申し訳ありません)そのため、それぞれのルートごとに主題が異なることもあると思います。しかし、ここでの主題がそれまでの主題を否定するかのように思えてしまい、自分は肯定的に受け止めることは出来ませんでした。

 

 

第二に、一部の個別ルートへの導入が強引で、キャラクターの気持ちが捻じ曲げられているように思えたこと。

 

これは会長(瀬利華)ルートの話になりますが、会長ルートは美羽ルートからの分岐という構成がとられています。そして、問題は、それまでの過程で、翼も美羽も惹かれあっていたにもかかわらず(微妙な距離ではありましたが)、突然、翼が会長に惹かれていったこと、そして、そのことへのフォローがなかったことにあります。会長が翼に好意を抱くことには、それまでの蓄積があるかもしれないので(それでも、フォローはほしいですが)、頷けますが、それまで、翼と会長には接点も少なく、少なくとも、会長に惹かれているような描写がなかっただけに、何故、そうなったかについての説明がほしかったです。個人的に、物語の進展(ここでは、会長ルートへの方向転換のため)のため、キャラクターの気持ちが捻じ曲げられているように思えてしまい、辛かったです……

 

ⅱ 良いところ

 

次に、良いところを挙げていきます。

 

第一に、システムが優れていること。

 

本作品には「シナリオプレイヤー」というシステムが導入されております。どのようなものかと言えば、以下の図にあるように、プレイヤーは動画のシークバーを動かすかのように、シナリオを任意の位置へ飛ばすことが可能となるのです。また、いくつかのポイント(例えば、セーブポイントやシーンの切れ目など)も可視化されています。シナリオを読み進めるにあたって(また、読み返すにあたっても)非常に有用であるように思えました。

 

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第二に、背景が綺麗であること

 

まず、自分は絵についての素養がなく、これらがどのような点で優れているかが分からないため、個人的な印象に基づき、話を進めていきます。

 

とりわけ、桜の描写は美しく、印象に残っています。(以下に、いくつかのサンプルを貼りました。)

 

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第三に、塗りが良いこと

 

これも同様に、自分には絵についての素養がないため、個人的な印象に基づき、話を進めていきます。

 

本作品では塗りのためか、キャラクターの肌の疾患がつるつるとしており、美羽や奏の身体の幼さがよく表れています。恐らく、刺さる方にはとても刺さるでしょう(実際、自分には刺さりました)

 

3 後書き

 

ということで、『さくら、咲きました。』の感想でした。見返してみると、結構な酷評をしていますね……