『白いカラス』

1  前書き

 

こういうものがあるらしく、良い機会なので、自分もやってみました。実のところ、創作と言えるものに手を出したことがなく、かなり見苦しいものになっていると思いますが………

 

所要時間:50分

 

 

昨日午前、都内某所において突如、カラスに後頭部を襲撃される。とっさに振り向いたが、相手は変哲のない黒いカラスで、こちらを見て「アホー」と嘲ったなり。

 頭に手をやって傷を確かめる。幸いにして外傷はナシ。

 だが次の瞬間、愚かなオレは愕然と気づいた。さっきまで脳内に充満していた29日〆切短編のアイデアがカラスの一突きによって無惨にも流れ出していたことを。

 カラス! オレの小説を返せ。

 

 

覆水盆に返らず。零れたものが元に戻らないように、俺の記憶もここにはもうない。

 

数日前、会心のアイデアを閃き、そのアイデアの斬新さに歓喜した。だが、肝心の記憶がないとなってはどうしようもない。底なしの空虚さに包まれ、俺は途方に暮れる。照り付ける日差しは鋭く、大粒の汗が頬を伝う。次第に、俺の精神は摩耗していった。

 

しかし、このままでは埒があかない。摩耗した精神を奮わせ、顔を上げると、奇妙なものが目に飛び込んできた。それは白いカラスだった。ポールの縁に立ち、こちらに視線を向けている。次の瞬間、カラスが純白の翼を広げた。今、まさに飛び立たんとしている。俺はその美しさに見入ってしまった。そして、ある事に気が付く。そのカラスはどんどんとこちらに近づいているのだ。

 

数十メートルは離れていたはずが、数メートルほどの距離に近づいてきている。先ほどの「黒いカラス」を思い出し、カラスの接近を避けるべく、身体を動かそうとするも、言うことを聞いてくれない。今や、カラスは目と鼻の先だ。思わず、目を瞑る。瞬間、額に衝撃が走った。

 

身体が傾く。重力に従い、俺の体がゆっくりと倒れていくのを感じる。咄嗟に右腕を伸ばす。ゴツゴツとした感触、アスファルトだ。真夏の日差しで熱されたアスファルトに手をつき、態勢を立て直す。そして、額の傷を確認する。が、そこには何の外傷もなかった。あれほどの衝撃があったにもかかわらず、痕跡すらも残されていない。

 

ふと、辺りを見回すとあの「白いカラス」はどこにもいなかった。まるで、狐につままれたようだ。ぼんやりとした意識のまま、俺は立ち上がる。

 

刹那、膨大なイメージが俺の頭に流れ込んできた。『最初の激動の瞬間、ちょうど大きな缶切りであけられたように、ロケットの横腹がばっくりと裂けた。』これは……何だ?『刺青の絵は、一つひとつ順番に、一、二分ずつ、動き出したのである。』いくつもの光景が脳裏を駆け巡る。『父さんの宇宙船は太陽に落ちたのだ。』まるで、イメージの奔流だ。『おやすみなさい、と妻が言った。』イメージが収束する。不思議なことに、俺は落ち着きを取り戻していた。先ほどの空虚さが嘘のように、思考が澄んでいる。そして、失われたはずのアイデアは思わぬかたちで返ってきた。イメージの奔流は天啓だ。それはひとつの物語のビジョンを示していた。そう、タイトルは『刺青の男』……

 

後書き

 

ということで『白いカラス』でした。白はプラスイメージ、黒はマイナスイメージなモチーフで使われることが多いかもしれませんが(実際は知りません)、今回はそのイメージを逆手にとろうと思いました。白=福音・幸福 であるとしても、それは誰かの不幸のもとに成り立つものではないか みたいなことを書きたかった……ですが、明らかに分かりづらいですね……次は伝わるようなものを書きたいなぁと思うところ。