『しろくまベルスターズ♪』感想

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1 前書き

ハッピー・ホリデーズ!ということで、『しろくまベルスターズ♪』を読み終えました。今回は『しろくまベルスターズ♪』についての所感を纏めていきます。また、以下の内容にはネタバレが含まれております。ご注意ください

 

2 あらすじ

 

クリスマスイブの夜、トナカイの中井冬馬は新人のサンタ、星名ななみとペアになり、プレゼントを配るために「しろくま町」を訪れる。途中、様々なトラブルに見舞われるも、プレゼントを配ることには成功する。が、彼のセルヴィが壊れてしまい、帰ることができなくなってしまう。その後、冬馬はしろくま支部に配属され、そこで三人のサンタ、星名ななみ、月守りりか、柊ノ木硯 たちと再会することになる。そして、町外れのツリーハウスで彼女たちとの共同生活を送ることに……

 

3 あらすじの補足

 

以上が大まかあらすじとなります。本作品への所感の確認に移るまえに先のあらすじの補足をしつつ、本作品の背景設定についての確認を進めていきます

 

まず、トナカイはサンタのソリを牽引するための乗り物、セルヴィを駆り、サンタがプレゼントを届けることを手伝うことを仕事としています。そして、サンタはルミナの力でプレゼントを届けることを仕事としています。では、セルヴィとはどのようなものか。端的に言うと、空を飛ぶためのバイクのようなもの と言えるでしょう。そして、ルミナとは、プレゼントを贈るにあたって、サンタたちが利用する力を指します。

 

サンタとトナカイは協力して、クリスマスイブの夜にプレゼントを配ります。ですが、その正体を人々に知られることは望ましくないとされています。何故ならば、誰がサンタであるかが明らかになってしまえば、プレゼントを直接的に要求されることが想定されます。そして、プレゼントを渡すことができなかったら、サンタであるということが疑われます。そうすると、サンタへの信用の問題に関わってきます。したがって、サンタの正体を知られることは望ましくないのです。

 

だからこそ、彼女たちには世間に対しての仮の姿が必要となります。ななみ、りりか、硯、冬馬 たちは玩具屋を共同経営しつつ、クリスマスイブの夜に備えて、プレゼントを配ることの練習を続けます。

 

4 所感

 

本作品では「他者の幸福を増進させること」が随所で描かれています。以下では、この「他者の幸福を増進させること」がどのように描かれているかの確認を進めていきます。

 

まず、「他者の幸福を増進させること」とは何か。そのことの確認を進めていきます。先のあらすじで確認しましたように、彼女たちはサンタです。そして、サンタの仕事はクリスマスにプレゼントを贈ることなのですが、実際のところ、サンタの仕事はそれに留まりません。

 

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ここでは「誰かの背中を押し、各々が幸せを生み出すことを助けること」がサンタの仕事であると説かれています。このように、サンタの仕事とはプレゼントを贈るだけではなく、それを行うことで「他者の幸福を増進させること」も射程に含まれていると言えるでしょう。

 

では、次に、「他者の幸福を増進させること」はどのように達成されるかの確認を進めていきます。先に確認しましたように、プレゼントを贈ることでそれは達成されると言えます。しかし、本作品ではそのままではそれが達成されることは難しいということが何度も描かれます。いずれの個別ルートにおいても、それぞれのサンタは個別の悩みを抱え、それに苦しみます。悩みの内容は違うものの、サンタたちは悩みに囚われるなか、自身の練習も上手くいかなくなり、不調に陥ります。そのようななか、それぞれのサンタは冬馬たちとの触れ合いを重ねるなか、問題を解消していきます。そして、問題が解消するとサンタの不調も解消されます。ここにおいて、重要なことは「幸福でないものが他者の幸福を増進することは叶わない。だからこそ、まず、自分が幸福になければならない」ということが描かれていることです。つまり、「他者の幸福を増進させること」は、最終的にはプレゼントが贈られることで達成されるものの、それが十分になされるには自身が幸福であることが要請されるのです。

 

次に、「他者の幸福を増進させること」がどのように描かれているかの確認を進めていきます。

 

まず、サンタ・トナカイの仕事は互酬性の論理に基づかないものとして描かれています。具体的にどのように描かれているかの確認に移るまえに、まず、互酬性とは何かの確認を進めていきます。

 

互酬性とは、

「人類学において、贈答・交換が成立する原則の一つとみなされる概念。有形無形にかかわらず。それが受け取られたならば、その返礼が期待されるというもの」*1

とされています。つまり、それが物であるか・そうでないかにかかわらず、何らかの贈与がなされたならば、それに対して、何かを返すことが望まれるということを指しています。

 

では、サンタ・トナカイの仕事は互酬性の論理に基づかないとはどのようなことか?以下では、そのことの確認を進めていきます。

 

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まず、この場面では、サンタは自身・自身の組織のためにルミナ(力)を使うことができないとされています。例えば、その力を行使することで何らかの利益を得ることを目的に力を行使することは禁じられているのです。そして、互酬性とは「それが受け取られたならば、返礼が期待されるもの」ですが、サンタは返礼(利益)を目的に活動することはありません。そのため、そこには互酬性の論理が働いていないと言えます。

 

また、ここでは、サンタ(送り主)は人々(受け手)にとっては匿名であることも重要となってきます。本作品では、人々にサンタ・トナカイのことが周知されることは望ましいことではないという描写が随所でなされています。そのため、人々はサンタやトナカイがクリスマスにプレゼントを贈ってくれるということを知りません。そのため、ある意味、サンタ・トナカイは匿名であると言えます。そして、サンタから人々にプレゼントが贈られたとしても(贈与がなされたとしても)、人々にとって、サンタが何者かが分からないため、返礼を行うということができないのです。つまり、そもそもの関係性から、そこには互酬性の論理は働きえないと言えます。

 

では、それが互酬性の論理に基づかないことはどのようなことを意味するのか。ここで、ある場面を挙げます。

 

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ここでは、「幸福であるものは幸福でないものにその幸福を渡すこと。それが全員が幸福になるための道である」ということが説かれています。このことは、先の問題を理解するための一助となるように思えます。

つまり、サンタからのプレゼントを贈られたものは幸福になります。ですが、そこには互酬性の論理が働いていないため、返礼を行うことはできず、満たされたものはそのままにあります。ここで、「満たされている人は、満たされていない人にあふれちゃったものを渡す」という考えが出てきます。満たされたものはそれをそのままにしておくのではなく、それを次の誰かに手渡すのです。このように、バトンを渡すかのように、幸福は譲渡されていきます。このことは硯ルートのある場面で描かれており、非常に示唆的です。

 

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幼少期、硯はサンタ先生にプレゼントを贈ってもらい、それを大事にし続けてきたのですが、ここではそれを譲渡しています。ここでは、まさに幸せを贈られたものが別の誰かに幸せを手渡すということが確認されます。

 

纏めると、本作品では、「他者の幸福を増進させること」に始まり、互酬性の論理に基づかない「他者の幸福を増進させること」がそれぞれの幸福を増進することに繋がること。言うなれば、「幸福のリレー」というモデルが提示されています。「他者の幸福を増進させること」が二者関係に留まらず、その輪を広げていくこと。本作品では、そのことが徹底的に描かれているからこそ、二者関係の幸福ではなく、「幸福な世界」を描くことに成功していると言えるでしょう。

 

5 後書き

 

素晴らしい。その一言に尽きます。本作品の「幸福な世界」はある種の御伽話です(実際、サンタはおとぎ話の世界の住人という旨の記述も見られます)ですが、御伽話であるとしても、誰かの背中を押すことはできるのではないでしょうか(作中において、人々がサンタたちのプレゼントで背中を押されたように)そのため、「幸福な世界」が御伽話であるとしても、これほどに強固に打ち出されたものには意味があるように思われました。自分にとって、本作品は忘れがたいものとなったので、折に触れて、これからも読み返すことになるでしょう。

 

 

*1 「互酬性とは」コトバンク

  https://kotobank.jp/word/%E4%BA%92%E9%85%AC%E6%80%A7-170925

 

 

 

 

2018年度 個人的エロゲ・小説ランキング(Best5)

1 前書き

 

2018年も終わりが近づいてきました。ということで、今回は2018年の総括を進めていきます。具体的には、小説・ノベルゲームの今年のベスト5を挙げつつ、それぞれの作品にコメントを加えていく というかたちで進めていきます。また、以下の内容にはネタバレが含まれております。ご注意ください。

 

小説

 

5位 『刺青の男』

 

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当ブログにおいて、記事を挙げたことがあります。あらすじは、夜中になると、ある男の無数の刺青が蠢き出し、それぞれが物語を描き出すというもの。刺青の男の話を枠物語に個別の話が展開されていくという点で『千夜一夜物語』を彷彿させるところがあります。

さて、それぞれの物語はどのようなものかと言えば、その内容は多岐にわたります。未来からのタイムトラベラーと追手との逃走劇(?)を描いた『狐と森』。ロケットマンの父と子と母の関係を描いた『ロケットマン』。世界の終焉の夜、ある家庭の様子を描いた『今夜限り世界が』など 様々な物語が展開されていきます。ですが、いずれの作品においても、登場人物たちの心情が丁寧に描かれており、抒情的な筆致が貫かれています。短編集ということで、読みやすい作品でもあります。

もし、気になったかたがいらっしゃるならば、こちらのブログで『刺青の男』の対談の記事を掲載しているため、よろしければ、ご一読いただくと助けになるかもしれません。

 

4位 『宇宙の眼』

 

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ディックの作品です。実のところ、ディックの作品には苦手意識がありまして、数年前に『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を読み(ディックの作品に触れたのはこれが初めてでした)それに乗り切れなかったこともあり、苦手意識を引きずっていたのですが、今年に『スキャナー・ダークリー』という作品を読んで、それが楽しめたこともあって、ディックの他の作品に触れてみようと思い立ち、本作品を読むことになりました。

さて、話を戻します。あらすじは、ビーム偏向装置が暴走し、八名が事故に巻き込まれた。そのなかの一人、ジャック・ハミルトンが目を覚ますと、そこは現実の世界とは異なり、ある宗教が支配的な位置を占める世界だった…… というもの。

その後、ジャックたちは不思議な世界を転々としていくのですが、そのなかでそれらの世界がそれぞれの認識を反映したものであることが明らかになります。

この作品では、客観的な世界があるとしても、その世界への各々の認識は異なり、ある人の視点では世界が悲惨なものであったとしても、視点を変えると世界も変わるということが提示されています。このことから、当人の意識によって、世界は姿を変える。だからこそ、そこから、世界を変えていくという前向きな精神が描かれているように思えました。

個人的に、『素晴らしき日々』や『何処へ行くの、あの日』や『俺たちに翼はない』などのノベルゲームが思い起こされたこともあり、印象深いものとなりました。

 

三位 『ハーモニー』

 

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こちらもブログの記事を挙げたことがあります。あらすじについてはそちらを参照ください。さて、この作品ですが、実のところ、読むまでにかなりの期間を要しています。というのも、氏の『虐殺器官』に乗り切れなかったというところがあり、距離を置いていました。ですが、何となしに手に取ってみたところ、楽しむことができました。なかでも、本作品の終盤の展開は非常に印象深いものでした。個人的に、自分はこの作品を『BEATLESS』の文脈で読んでしまったところがあります。『BEATLESS』においては、人間の仕事のいくつかはhIEに外部委託されており、社会において、人間の役割は変わりつつあります。ですが、社会において、hIEの領域が増えつつあると言っても、人間にはhIE のオーナーとしての位置が残されています。『BEATLESS』ではオーナー(人間)としての道具への責任が描かれているとすると、『ハーモニー』ではその責任さえも無化していまうようなビジョンが提示されていました。それは、ある意味では理想の世界なのかもしれませんが、グロテスクなものであるように思えました。

 

二位 『なまづま』

 

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こちらもブログの記事を挙げたことがあります。あらすじについてはそちらを参照ください。さて、この作品ですが、書店を回っているときに偶然発見し、興味を惹かれたので、購入したのちにすぐに読み終えてしまったという経緯があります。本作品の見所は、妻を生き返らせるためにヌメリヒトモドキという生物の飼育を続けるうちにその生物への愛着が発生してくる というところにあるように思えます。当初、男はヌメリヒトモドキに嫌悪感を覚えるのですが、徐々にそれに愛着を覚えていく。そして、男の心境が変わるにつれて、ヌメリヒトモドキの描写も変化していく。このように、筋書きはシンプルなものの、随所の描写が非常に細かく(くどいと言えるかは微妙なところですが……)ヌメリヒトモドキの生態がありありと思い起こされました。

 

一位 『BEATLESS

 

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こちらもブログの記事を挙げています。あらすじについてはそちらを参照ください。

ということで、一位は『BEATLESS』です。この作品もタイトル自体は以前から知っていたものの、なかなか、手を出すことがありませんでした。そのことに特に理由はなかったのですが、実際に読んでみると、のめり込んでしまいました。これほどにのめり込んだことの理由はいくつか考えられますが、やはり、アラトとレイシアの関係がオーナーと道具に終始していたことにあります。人間性を根拠に倫理が要請されるのではなく、それが道具だからこそ、道具への倫理が要請されるという視点は自分には斬新なもので(ヒューマノイドを題材としたものではそれがどのように扱われるかが問題となったとき、対象の人間性がどれほどのものかが基準となる という印象があったので)だからこそ、その視点に惹かれました。あと、スノウドロップというキャラクターが良いですね。彼女は「人間の進化の委託先としての道具」であり、自身の行動の原理に沿って、社会に敵対するのですが、その行動の背景の原理も設計されたものと考えると、スノウドロップの行動自体が道具であることを顕著に示していて、何とも言えない気持ちになります。(そこが好きなのですが)

 

 

ノベルゲーム

 

五位 『君の名残は静かに揺れて』

 

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こちらもブログの記事を挙げています。あらすじについてはそちらを参照ください。

ということで、五位は『君の名残は静かに揺れて』です。まず、何が良いかと言えば、タイトルが良いですね。『君の名残は静かに揺れて』思わず、口にしたくなります。話を戻すと、本作品は『Flyable heart』という作品の外伝に位置付けられるものらしいです。自分は『Flyable heart』を未プレイでしたが、十分に楽しむことができました。一人の登場人物に焦点が当てられており、内容もコンパクトに纏まっているため、非常に読みやすい作品だと思いました。 以下、抜粋

 

(1)個人的に好きなシーン

 

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 誰かのためにあることが当たりまえの茉百合に「ここには誰もいない。お互いに何も知らない。だから、あなたは何者でもない」(意訳)という言葉がかけられたことは大きい。

 

 

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茉百合の変化が顕著に表れている。一人になっても、自分で在り続けるという宣言が良い。

 

四位 『そして明日の世界より

 

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こちらもブログの記事を挙げています。あらすじについてはそちらを参照ください。

さて、第四位は『そして明日の世界より』です。先日、読み終えたばかりですが、個人的にお気に入りの作品です。まず、主題の展開が徹底されているという印象。個人的に、主題はあまり好みではないのですが、展開のされかたが好みだったので、高評価をつけました。また、CG・背景が非常に綺麗だと思います。なかでも、御波ルートの最後のCGには感銘を受けました。個人的に、水守御波というキャラクターが好みだったので、キャラクターの可愛さを楽しむこともできました。以下、いくつかのシーンを抜粋

 

(1)個人的に好きなシーン

 

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 文字通りの場面 御波の主張には頷けるところがあります。可愛い。

 

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仕返しに昴の頬にキスをする場面 大人しそうに見えて、茶目っ気があるところも良い

 

三位 『サナララ

 

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こちらもブログの記事を掲載しています。あらすじについてはそちらを参照ください。

はい。第三位は『サナララ』です。サナララについては記事のほうで語りつくしてしまったところがあるので、あまり語ることはないのですが、本作品をプレイしているときに精神的に参っていたということもあって、この作品には救われたところがあります。本作品では、「チャンス」に頼るのではなく、自分の力で「お願い」を叶えることが描かれます。そして、チャンスは自身の力で何かを掴み取るための一助にすぎないという主張はある種の綺麗事であるように思えてしまいますが、だとしても、本作品の登場人物たちのひたむきな姿に心をうたれました。(とりわけ、三章には完全にやられてしまいました)

 

 

二位 『しろくまベルスターズ♪

 

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ということで、二位は『しろくまベルスターズ♪』です。実のところ、全部のルートをクリアしていないので(三つのルートは読み終えているものの)、ここに挙げるべきかで悩んだのですが、今年にプレイしたなかでは印象深い作品ということもあり、挙げることになりました。

さて、本作品ではクリスマスにプレゼントを配るためにサンタとトナカイたちが奮闘する姿が描かれています。そして、個別ルートではそれぞれのサンタの問題に焦点が当てられていく という構成がとられています。

なかでも、月守りりかのルートは非常に出来が良いように思われました。前半部分での問題提起と解消の過程が後半部分での問題提起につながっていて、話の展開のなされかたが綺麗に纏まっています。また、前半部分から後半部分に推移するにつれて、二人の関係も変化してくるのですが、そのような関係の変化がHシーンに適用されていて、このあたりも良いなぁと思いました。(単純にシーンが好みだったということもあるのですが)ただ、初体験のシーンが途中でカットされていて、そこは不可解でした(あまりに不可解なので、自身の間違いかもしれません……)

とりあえず、きちんとクリアしたいと考えています……(もしかすると、今年のクリスマスに再開するかもしれません) 以下、抜粋

 

(1)個人的に好きなシーン 

 

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一位 『ラブレプリカ』

 

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こちらもブログの記事を掲載しています。あらすじについてはそちらを参照ください。

ということで、一位は『ラブレプリカ』です!生命倫理が題材とされていることで、自身の好みにストライクだったことが大きいです。この作品では生命倫理が題材とされていますが、「●●すべし」といったように明確な判断の基準は提示されません。むしろ、明確な判断の基準がなく、いずれかを選ばなければならない という二者択一を突き付けられます。このように、明確な判断の基準(倫理)が提示されていないからこそ、本作品の選択には重みが付与されているように思え、そこが良かったと思います。余談ですが、この作品をプレイして、自分は登場人物の失恋の描写を見ることが好きなのだなぁ と自覚するにいたりました…… 以下、抜粋

 

(1)個人的に好きなシーン

 

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 この種の欺瞞が自覚的に描かれているところが好みですね。

 

2 後書き

 

書いていて、非常に楽しかったです。後で見返したときに当時の自分がどの作品をどのように好んでいたかが分かるので、これからも続けていくと思います(来年もブログが続いていれば)

『そして明日の世界より』感想

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1 前書き

 

お久しぶりです。今回は『そして明日の世界より』を読み終えたということで、本作品への所感を纏めていきます。また、以下の内容にはネタバレが含まれております。ご注意ください。

 

2 あらすじ

 

四方を海に囲まれた島で、葦野昴は平穏な生活を送っていた。しかし、ある日、突然の知らせが訪れる。それは三ヶ月後に小惑星が地表に激突するというものだった。昴の生活は一変する。しかし、周囲の人々の助けもあって、元の生活を徐々に取り戻しつつあった。そのようななか、新たな知らせが訪れる。それは昴が避難シェルターに入るための権利を獲得したというものだった……

 

以上が大まかなあらすじとなります。

 

本作品では、小惑星の地表への衝突(死の宣告)を足掛かりに、「世界とは何か」と「個人はどのように成り立つか」が描かれているように思われました。以下では、そのことの確認を進めていきます。

 

3 所感

はじめに、「世界とは何か」がどのように描かれているかの確認を進めていきます。本作品において、世界という語句は二つの意味で用いられています。一つは「全人類の社会・全ての社会の集合」としての世界。もう一つは「自分が認識している社会」としての世界です。

 

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引用①

 

この場面では、世界は「全人類の社会・全ての社会の集合」を指していると言えるのではないでしょうか。何故ならば、ここでは昴が小惑星が地表に衝突することを受け入れつつあることが描かれているからです。先述しましたように、小惑星が地表に衝突することの影響は地球規模のものとなります。したがって、昴たちの島もその影響を免れることは難しいでしょう。以上のことから、ここでは小惑星が地表に衝突することの影響が問題とされているため、世界とは「全人類の社会・全ての社会の集合」を指していると言えるでしょう。

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引用②

 

次に、この場面では、「自分が認識している世界」が描かれているように思われます。これは青葉ルートでのある場面ですが、青葉との関係が変化したことで彼の世界が崩れてしまったと書かれています。青葉との関係の変化は昴とその周囲の人々の問題で「全人類の社会・全ての社会の集合」が崩壊するかどうかに関わってくるものではないため、ここでの世界は「昴の認識している社会」を指していると言えるでしょう。ここまでに本作品で世界という語句が二つの意味で用いられていることを確認してきました。次に、それぞれの世界がどのように描かれているかを確認していきます。また、以下では「全人類の社会・全ての社会の集合」を世界①、「自分が認識している社会」を世界②と表記します。

 

次に、それぞれの世界がどのように描かれているかの確認を進めていきます。本作品の随所では小惑星の地表への衝突の公表を契機にあちこちで治安の低下が起こりつつあることが描かれています。一方で、あらすじで確認しましたように、昴たちの生活も一変してしまうものの、周囲の人々の助けもあって、かつての生活を徐々に取り戻していきます。つまり、世界①が崩れつつあったとしても、世界②が安定してあることは可能だということが示唆されています。

 

しかし、世界②の安定も崩れうるものです。再度、引用②を取り上げます。「たった一人、俺の前から人間が消えたというだけで俺の世界はあっさりと砕け散ってしまった」「世界を丸ごと壊されたかのような喪失感」と書かれているように、青葉との関係が変化してしまったことに昴はショックを受けています(それが世界①が終わると知ったときのものよりも大きいかどうかは定かではありませんが)

 

昴がこれほどのショックを受けてしまったことには「個人はどのように成り立つか」が関わってきます。次にそれの確認を進めていきます。

 

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引用③

 

ここでは、世界への認識は周囲の人々との関係のもとで作り上げられるということが書かれています。そして、ここでは周囲の人々との関わりが挙げられていることから、この世界は世界②を指していると言えるでしょう。このように、本作品では個人は周囲の人々との関係のもとで形成される ということが随所で描かれています。とりわけ、避難シェルターの問題はこのことを顕著に表しているように思えます。いずれの個別ルートにおいても、昴はシェルターに入らないことを選択します。そして、その選択の背景にはシェルターに入るためには周囲の人々との関係を断ち切らなければならず、昴はそのことを許容できない ということがあります。つまり、シェルターに入るための権利を獲得したものは昴だけです。そのため、彼がシェルターに入ることが周囲の人々との関係を断ち切ることを意味します。しかし、周囲の人々との交流を重ねるなかで、昴は自分というものはそれ自体で成り立つものではなく、周囲の人々との関係のもとで成り立つものであると気付きます。

 

以上のことから、本作品において、世界①の問題とは別に、世界②の問題も重大なものとして描かれているように思われます。

 

では、これらの描写は本作品でどのように機能しているのか。最後にそれを確認していきます。本作品は、共通ルート・それぞれの個別ルート・After の六つのパートで構成されています。そして、After では避難シェルターに入っていた人々が地上で活動する姿が描かれています。そのなかで、視点人物の男は他のシェルターの様子が悲惨だったこともあり、ある種の諦観を抱いているのですが、偶然、昴たちの痕跡を発見します。そして、男はそれに賦活され、もう一度、世界②を立て直すために立ち上がろうとします。

 

ここで重要なことは世界①は甚大な被害を被っているということです。世界①が重大な被害を被っていたとしても、立ち上がること。これには本作品の共通ルート~個別ルートで描かれていた、「世界とは何か」の問題が関わっているように思われます。つまり、個人を支えるものは世界①ではなく、世界②だからこそ、周囲の人々との関係があれば、立ち上がることが可能なのです。

 

以上のことから、本作品では、小惑星が地表に衝突することを足掛かりに「世界とは何か」「個人とはどのように成り立つか」が描かれているように思われました。そして、そのことは共通ルート~個別ルート~After で描かれており、十分な強度を持って、そのことに成功しているように思われました。

 

4 あとがき

 

個人的に、一つの主題の突き詰め方が好みの作品でしたが、上手く纏めることが出来ませんでした。機会があれば、再読してみたいですね。あと、ここでは書きませんでしたが、「死が約束されているなか、何らかの行動を起こすことの意味」という主題も描かれており、それについては意味はあるという結論が描かれていたものの、そこに至るまでの論理が分からなかったので(これについては自分の読解力の不足によるものです)ここでは省きました。再読するならば、そのあたりも見ていきたいところです。

『刺青の男』対談 告知

お久しぶりです。今回の記事は告知になります。この度、『止まり木に羽根を休めて』の管理人のfee さんと『刺青の男』の対談を行いました。

全部で五回ぐらいの連載になると思います。ぜひ、ご覧ください!

 

対談につきましてはこちらをご覧ください。

 

内容(*以下のリンクは対談の記事が更新されるたびに更新されます)

 

第一回 『ロケット』『万華鏡』『草原』

 

第二回 『街道』『形成逆転』『亡命者たち』

 

第三回 『狐と森』『訪問者』

 

第四回 『今夜限り世界が』『その男』『日付の無い夜と朝』『コンクリート・ミキサー』

 

第五回 『 町』『マリオネット株式会社』

 

第六回 『ゼロ・アワー』『ロケットマン』

『allo,toi,toi』感想

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『allo,toi,toi』感想

 

 

 

1 前書き

 

今回は『My Humanity』に収録されている『allo,toi,toi』の感想を纏めていきます。また、以下の内容にはネタバレが含まれております。ご注意ください。

 

 

 

2 あらすじ

 

ダニエル・チャップマンは、メグ・オニールという少女を殺害した。その後、彼には100年の懲役が科された。現在、チャップマンはグリーンヒル刑務所に収容されている。刑務所において、性犯罪者はカーストの最底辺に位置する。そのため、チャップマンは他の囚人からの暴力を受けていた。なかでも、同房のエヴァンズは彼を日常的に虐げられていた。そのようななか、彼に転機が訪れる。それは、ある実験に協力することを条件に、独房を使うことが許可されるというものだった。チャップマンはその条件を受け入れ、実験に協力することになる。そして、その実験の内容とは、脳内に機器を埋め込み、ITPという制御言語を利用して、特殊な神経構造体を形成することで性的嗜好を矯正しようというものだった……

 

以上があらすじとなります。では、次に背景設定の確認に移ります。

 

 

 

3 背景設定について

 

まず、ITPとは何かを確認し、その後に特殊な神経構造体についての確認を進めていきます。

 

ITPとは、image transfer protocol の略称であり、脳内の機器を動かすための制御言語のことを指します。また、脳内の機器は擬似神経を構築することで他人の経験や感覚を伝達することを可能とします。そして、この技術の背景には、人間の経験や感覚は神経のパターンに還元することが可能であり、そのパターンを再現することが可能であるならば、経験や感覚を再現することも可能であるという事実が横たわっています。

 

では、チャップマンにはどのような処置が施されたのでしょうか? それは、特殊な神経構造体を脳内に形成することで、脳に新たな機能を獲得させるというものです。そして、その機能は「アニマ」と呼ばれています。「アニマ」は人間の「好きと嫌い」の錯誤を解きほぐすことを可能とします。この技術の背景には脳の機能のある性質が関わっています。それは、「好きと嫌い」には錯誤が伴うということです。作中では、このことが説明されるために以下の例が挙げられています。

 

我々はケーキを食べると、それが「甘いから好き」だと思う。だが、味覚が脳内でどのように扱われるかというと、好きを生じさせる脳の報酬システムは、質として食べ物に甘味を感じなくても、カロリーさえ高ければはたらく。つまり脳にとっては。快か不快かという情動は、甘いや苦いといった質の分析とは神経回路自体が分かれる。

 

つまり、言葉としては「甘いから好き」といったように、一纏めに理解されるが、実際の脳内ではそれらは整理されていないのです。そのため、〇〇だから好きは恣意的な結び付けであり、そこには錯誤が伴います。この実験の目的は、脳内に機器を埋め込み、ITPを利用し、特殊な神経構造体(アニマ)を形成することで小児性愛という錯誤を解きほぐすことが可能であるかという点にあります。

 

 

 

4 所感

 

先に、背景設定についての確認を行いましたが、ここでは本作品の主題がどのように展開されているかの分析を進めていきます。

 

本作品の大筋は、アニマを切っ掛けに、チャップマンの錯誤が解きほぐされていくことにあります。これについては先日の記事に纏めているため、そちらを参照ください。端的に言えば、本作品では起承転結の起の部分で背景設定の提示がなされ、承の部分でチャップマンの錯誤の頑なさが描かれます。次に、転の部分ではチャップマンの錯誤が解きほぐされていく様子が描かれます。また、承の部分でチャップマンの頑なさが描かれています。最後に、結の部分では「好きと嫌い」の錯誤はチャップマンに固有なものではなく、誰にでも起こりうることが提示されています。そして、「好きと嫌い」の錯誤こそが本作品の主題であるように思われます。以下では、このことを念頭にこの主題がどのように展開されていくかを詳細に追っていきます。

 

まず、冒頭部分では、ITPや「アニマ」についての情報が提示され、「好きと嫌い」の錯誤についての説明がなされます。この部分は背景設定を固めることに寄与していると言えるでしょう。次に、チャップマンの錯誤の頑なさが描かれます。この部分では、「好きと嫌い」の錯誤がどのようなものかが実際に提示されることで背景設定が補強されていると言えます。また、ここで、彼の頑なさが描かれることで次の描写との対比が際立っているとも言えるでしょう。その後、チャップマンの錯誤が解きほぐされていく様子が描かれます。この部分では、当時のチャップマンがメグ・オニールを殺害するに至るまでの過程(回想)が描かれていますが、ここでの描写は非常に示唆的です。

 

火傷させられたように、あどけない顔が歪んだ。ちいさい目が怯えて見開かれた。受け入れてもらえるつもりだったから、彼のほうが不意打ちを受けた気がした~

「どれだけ苦労してきたと思っているんだ。俺が愛したのに、おまえは何も返さないのか。」

メグに生身のチャップマンをぶつけるほど、涙を流して激しく拒絶された。[i]

 

ここでは、チャップマンがメグに性的な関係を求めるも、メグはそのような関係を求めていないがために、チャップマンが拒絶される様子が描かれています。そして、この描写は「好きと嫌い」には錯誤が伴うため、各々の「好きと嫌い」の理由も異なるということを示唆しているように思われます。先に確認しましたように、脳内で「好きと嫌い」についての神経回路と甘さや苦さなどの質についての神経回路は分断されています。そのため、〇〇だから好き は恣意的な結び付けに過ぎません。だからこそ、各々が対象を好きになることの理由も異なると言えるのではないでしょうか。

 

最後に、「好きと嫌い」の錯誤は固有なものではなく、誰にでも起こりうることが提示されます。

 

意識すらしないうちに。ごく自然に、引き寄せられるようにしゃがみ込んで、子供と視線を合わせていた。娘の、妻に似た一途な切れ長の目を覗き込んでいた。チャップマンと接近しているように思えた。だから、この瞬間、娘がそばにいる状況がただ恐かった。~

それが理性の敗北に思えた。小児性愛者を怪物のように扱うことは問題をはさんで世界を向こう側とこちら側に切り分けるのと同じだ~

安全圏など本当はない。言葉になった「好き」は動機と同時に錯誤を生み出し、あらゆる人間を突き動かしているのだ。[ii]

 

ここでは、チャップマンの実験の担当者が自身の娘に引き寄せられていく様子が描かれています。この描写は非常に示唆的です。〇〇だから好きが恣意的な結び付けに過ぎない以上、人々の「好きと嫌い」にはギャップが生じるという可能性がつきまといます。つまり、ある人が〇〇という理由で誰かを好きになったとして、その相手も〇〇という理由でその人を好きになるという保証はないと言えます。だからこそ、人々の関係は薄氷の上に成り立つものである。そのようなことがここでは示されているように思われます。

 

以上のことから、この作品では、チャップマンの錯誤が解きほぐされていく様子の描写を起点に「好きと嫌い」の錯誤が描かれつつ、そのような錯誤が誰にでも起こりうるものだということが示されていました。

 

 

 

5 後書き

 

この作品は『My Humanity』という短編集に収録されたものですが、なかでも、非常に好きな作品です。今回の記事を書くにあたって、この作品を読み返したことでそのことを再確認できました。「好きと嫌い」の錯誤が誰にでも起こりうるということが提示されているということから、この作品は悲観的なビジョンを提示しているようにも思えますが、自分は、人間の関係はそのようなものの上にしか成り立たないし、そのことを自覚したうえでやっていくしかない ということが示されているように思えました。そこにはある種の力強さがあるように思えて、そこが好みですね。 

 

 

[i] 『My Humanity』p103~105

[ii] 『My Humanity』p155、157

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『allo,toi,toi』精読 

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1 前書き

今回は『My Humanity』に収録されている『allo,toi,toi』の分解を進めていきます(大まかな流れについては前回の記事前々回の記事を参照ください)また、今回は『allo,toi,toi』の感想の記事も挙げ、主題への言及はそちらで行う予定です。そのため、前回の記事と比較すると、記事の内容が淡泊(?)になっているかもしれません。

 

 

 

(ⅰ)起

 

1.範囲 P67~P82

2.人物 チャップマン リチャード アニマ エヴァンズ

3.人物の関係 チャップマンとリチャード・ゲイは被験者と実験者の関係。チャップマンとエヴァンズは同一の刑務所に収容されている。かつては同房にいた。

4.内容 ダニエル・チャップマンはメグ・オニールという少女を殺害した。その後、彼には100年の懲役が科された。現在、チャップマンはグリーンヒル刑務所に収容されている。刑務所において、性犯罪者はカーストの最底辺に位置するため、チャップマンは他の囚人からの暴力を日常的に受けていた。そのようななか、独房に移ること・テレビを見れるようにすることを条件に、、脳内にITPという機器を埋め込むための手術を受けることに同意する。そして、チャップマンのもとにある研究者が訪れる。彼の名前はリチャード・ゲイで、チャップマンの実験の担当をしている。その実験の内容は、脳内にITPを埋め込み、特殊な神経構造体を形成することで性的嗜好を矯正しようというものだった……

5.機能

 

①範囲 P67~68

②分類 背景の描写

③役割 新規情報の提示 この範囲では、ダニエル・チャップマン(以下ではチャップマンと表記する)という人物がどのような人物であるかが説明されています。また、以降ではチャップマンが刑務所で服役している様子が描写されるのですが、冒頭部分でこのような情報が提示されることで以降の部分への理解が促進されるのではないでしょうか。そのため、この範囲は今後の理解を促進することに寄与していると言えるでしょう。

④情報  第一に、チャップマンはメグ・オニールを殺害したこと。第二に、チャップマンの犯行は如何にして明らかになったか。第三に、チャップマンは小児性愛者であり、小児性虐待者であること。以上のことから、この範囲では犯罪者としてのチャップマンがどのような人物であるかが説明されていると言えます

 

①範囲 P68~73

②分類 背景の描写 人物の描写

③役割 新規情報の提示、既存情報の補強。この範囲では、チャップマンが刑務所で服役している様子が描写されています。刑務所についての情報はまだ提示されていないため、新規情報の提示であると言えます。また、刑務所の描写を通して、チャップマンがどのような人物であるかが描かれています。チャップマンについての情報は直前で提示されているため、これは既存情報の補強と言えます。纏めると、この範囲は作品の背景設定を固めることに寄与していると言えそうです。

④情報 第一に、チャップマンの罪状とそれへの判決。第二に、グリーンヒル刑務所がどのようなものであるか。第三に、刑務所での彼の生活。以上のことから、チャップマンという人物についての詳細な説明と刑務所の様子の描写がなされていると言えるでしょう。

 

①範囲 P73~74

②分類 背景の描写 人物の描写

③役割 新規情報と既存情報。この範囲では、チャップマンが病院で処置を受けたこと、それがどのような処理であるかという情報が提示されています。これらの情報はまだ提示されていないため、新規情報の提示です。また、その後はチャップマンが少女に思いを馳せる様子が描写されています。チャップマンが小児性愛者であることは既に明らかになっているため、この情報は既存情報の補強です。纏めると、新規情報については作品の背景設定を固めることに寄与していると言えるでしょう。また、既存情報についてはそれを補強することに寄与していると言えるでしょう。

④情報 第一に、ITPとは何か。第二に、彼の行動・心情の描写を通して、チャップマンが小児性愛者であることが説明されている。以上のことから、この範囲ではITPについての説明とチャップマンの描写がなされていると言えるでしょう。

 

①範囲 P75~P82

②分類 背景の描写 人物の描写 主題の描写

③役割 新規情報 既存情報 この範囲からはリチャードという人物が登場します。彼についての描写は以前で認められないため、これは新規情報の提示です。また、ITPについての情報も提示されています。ITPという語句は直前の範囲で出ているため、これは既存情報の補強です。

纏めると、新規情報についてはリチャードという人物がどのような人物であるかが描かれています。また、既存情報については先の範囲の情報(ITP)を補強するのに寄与していると言えるでしょう。

④情報 第一に、リチャードがどのような人物か。ITPについての詳細な説明(①)。好きと嫌いについての説明(①)アニマとは何か。

 

起の纏め

 

以上のことから、この範囲では、本作品の舞台、グリーンヒル刑務所がどのような場所であるか、ITPについての説明、主要な人物についての説明、などの情報が提示されています。いずれも本作品の根幹を担うものです。そのため、この範囲では作品の根幹の情報が提示されつつ、小児性愛者であり、犯罪者のチャップマンがアニマの影響でどのように変化していくか という問題が提起されているという点から、起承転結の起にあたると言えるでしょう。

 

 

 

(ⅱ)承

 

1.範囲 P83~P110

2.人物 チャップマン アニマ エヴァンズ メグ

3.人物の関係 チャップマンとエヴァンズは同一の刑務所に収容されている。かつては同房にいた。チャップマンとメグは被告者と原告の関係。

4.内容「アニマ」との会話のなかで、チャップマンは過去を振り返る。それはメグ・オニールと出会って間もない時のことだった。メグ・オニールは親との関係が悪く、身体に痣を付けていることが多かった。チャップマンも自身の店の状況が悪くなっていたこともあり、自身の懐く彼女に惹かれていった。しかし、その関係もある時を境に変化する。チャップマンは彼女に性的な関係を求めたが、彼女はそうではなかった。それでも、チャップマンは彼女を求めるが、求めるほどに彼女は壊れていく。そして、チャップマンは彼女を殺害するに至った。

5.機能

 

①範囲 P83~P85

②分類 人物の描写

③役割 既存情報の補強。彼の心情・行動の描写を通して、チャップマンが小児性愛者であることが示されています。この情報は以前に提示されているため、既存情報の補強と言えるでしょう。

④情報 チャップマンが小児性愛者であること。

 

①範囲 P86~90

②分類 人物の描写

③役割 既存情報 ここではチャップマンとエヴァンズがどのような関係にあるのかが描かれています。この情報は以前に提示されているため、既存情報の補強です。

④情報 第一に、エヴァンズとチャップマンの関係。第二に、チャップマンが小児性愛者であること。

 

①範囲 P90~98

②分類 人物の描写 

③役割 既存情報 この範囲では、アニマがチャップマンに語りかけてくる様子が描写されています。いずれも以前に提示されているため、既存情報の補強です。また、ここでは、アニマが彼に語りかけると様子とそれへの彼の心情が描写されています。そのため、ここでの描写はチャップマンという人物の内面を補強することに寄与していると言えるでしょう。

④情報 チャップマンが小児性愛者であること

 

①範囲 P99~110

②分類 人物の描写 主題の描写

③役割 既存情報 新規情報 この範囲では、チャップマンの犯行の背景についての描写がなされています。そのため、既存情報の補強と言えます。また、メグがどのような人物であり、犯行時にどのような反応を見せたかも描写されています。これはここまでに提示されていない情報なので、新規の情報の提示であると言えます。

④情報 第一に、チャップマンが犯行に至るまでの過程。第二に、メグ・オニールがどのような人物か。第三に、、チャップマンはメグ・オニールにどのような感情を抱いていたか。

 

承の纏め

この範囲では、小児性愛者としてのチャップマンの掘り下げがなされています。また、犯行に至るまでの過程も描写されており、総じて、起の段階で提示された情報が補強されていると言えます。そのため、この範囲は以前の展開で提示された情報を補強し、以降の展開に繋いでいるという点から、起承転結の承にあたると言えるでしょう。

 

 

 

(ⅲ)転

 

1.範囲 P111~P148

2.人物 チャップマン エヴァンズ アニマ

3.人物の関係 チャップマンとエヴァンズは同一の刑務所に収容されている。かつては同房にいた。

4.内容 アニマとの会話のなかで、チャップマンの感情の錯誤は解きほぐされていく。ついには、チャップマンは自身の過ちを自覚するに至った。それは手を出したかどうかの違いだった。

5.機能

 

①範囲 P111~P123

②分類 人物の描写 背景の描写 主題の描写

③役割 既存情報の補強。この範囲では、好きと嫌いについての話が再度されています。これは以前に提示されているため、既存情報の補強と言えます。

④情報 好きと嫌いについての説明(②)

 

①範囲 P124~P148

②分類 人物の描写 主題の描写

③役割 新規の情報の提示。この範囲では、アニマとの会話のなかで、チャップマンが自身の感情を自省する様子が描かれています。これはチャップマンの変化についての情報ですので、新規の情報の提示と言えます。

④情報 第一に、小児性愛者としてのチャップマン。第二に、好きと嫌いについての説明(③)第三に、チャップマンの心境の変化。

 

転の纏め

この範囲では、好きと嫌いについての説明がなされています。また、チャップマンの心境も変化していく過程が描かれています。このように、この範囲では、それまでに提示された情報を受けつつも、チャップマンの心境の変化という新たな情報が提示されています。そして、小児性愛者としてのチャップマンがどのように変化するか は起の部分で提起された問題でした。そして、承の部分ではチャップマンが自身の正しさを頑なに信じようとする様子が描かれてきました。しかし、この範囲ではそのような彼が変化する様子が明確に描かれています。そのため、この範囲は起承転結の転にあたると言えるでしょう。

 

 

 

(ⅳ)結

 

1.範囲 P149~P157

2.人物 チャップマン、リチャード、リチャードの娘

3.人物の関係 チャップマンとリチャード・ゲイは被験者と実験者の関係。

4.内容 チャップマンは自身の過ちを自覚するに至った。そして、心境の変化から態度を変えていくが、そのことがエヴァンズの癇に障った。彼はチャップマンに暴行を加え続け、ついにはチャップマンの生命は危機に瀕する。その折、チャップマンはリチャードに通信を送る。チャップマンは、リチャードならば、「アニマ」を助けてくれるだろうと考え、彼にアニマを助けてくれるように懇願する。そこには、自身と同一視する視線が働いていた。リチャードはそのことを頑なに否定しようとするが、その時、彼の部屋に娘が訪れる。リチャードは娘に駆け寄り、熱に浮かされたように手を伸ばそうとする。しかし、彼は手を伸ばすことを止めた。それこそがチャップマンとリチャードの違いであった。だが、感情に錯誤が伴うことに違いはない。彼と娘の関係は薄氷の上に成り立つものだった……

5.機能

 

①範囲 P149~P157

②分類 主題の描写 人物の描写

③役割 新規情報の提示 この範囲ではチャップマンの最期とリチャードと彼の娘の関係が描かれています。いずれもここまでに提示されていないため、既存情報の補強と言えます

④情報 第一に、チャップマンの最後。第二に、リチャードとリチャードの娘の関係。

 

結の纏め

 

この範囲ではチャップマンの最後とリチャードについての情報が提示されています。転に至るまでの過程では、好きには錯誤が伴うことについての説明が随所に加えられつつ、チャップマンがどのように変化していくかが描かれていましたが、ここでは好きには錯誤が伴うという主題が更に展開されています。それはチャップマンのような犯罪者に固有な現象ではなく、誰にも起こりうるということです。ここでは、リチャードの描写を中心にそのことが描かれています。このように、ここまでの情報を受けて、それが更に展開されているということから、この範囲は起承転結の結にあたると言えるでしょう。

 

 

 

後書き

読み返していて、好きな作品だということを再確認できました。論理の展開がとても綺麗で良いですね。

『刺青の男』精読 第二回

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1 前書き

昨日ぶりの更新です。当ブログが始まって以来、最速の更新ペースですね。今回も『刺青の男』の分解を進めていきます(大まかな流れについては前回の記事を参照ください)今回は『万華鏡』を対象に分解を進めました。個人的に思い入れがある作品ということで、作業も楽しく進めることができました。

 

 

 

(ⅰ)起 導入部分

 

 

1.範囲

P48~50

 

2.人物

バークリー、ウッド、ホリス、ストーン

 

3.人物の関係 

この時点では不明。いずれの人物も宇宙船の船員であることは確定している。

 

4.内容 

突如、大きな衝撃が訪れた。その直後、宇宙船の横腹は大きく裂けて、船員たちは宇宙へと放り出される。船員たちは突然の事態にパニックになり、連絡を取り合うも、事態に対処することはできずに散り散りになっていった。彼らに残されたものは宇宙服とそれぞれの肉体だけであり、遠からず、死が訪れることは明らかだった……

 

5.機能 

 

ここからは作品のそれぞれの部分がどのような情報を提示して、作中でどのように機能しているかの分析を進めていきます。それにあたって、最初にサンプルを提示しておきます。以下ではこのような形式で進めていきます。

 

 

(サンプル)

  1. 範囲 どこからどこまでという範囲の指定です。
  2. 分類 人物の描写 状況・背景の描写 主題の描写の三つに分類。
  3. 役割 主なものとしては起承転結で分類。それとは別に、補強・新規の情報の提示の二つに分類。(補強は既存の情報への付けたしを意味します)場合によってはより細かな分類を行う場合もあるかもしれません。
  4. 情報 その場面でどのような情報が提示されているかの纏め 

 

では始めます。

 

 

①範囲

P48L1~L4

②分類

状況の描写

③役割

新規の情報の提示。起承転結の起。ここでは宇宙船の大破の様子が描写されていますが、何がどのようになっているかが描かれていることで具体的にどのような状況にあるのかが示されています。ここで言えば、第一に、宇宙船が大破している。第二に、船員が放り出されている という二点ですね。この部分は具体的にどのような状況にあるのかという情報を提示することで読者の焦点を合わせるという役割があるように思われます。

④情報

第一に、場所の情報が提示されています。舞台は宇宙ですね。第二に、物の情報が提示されています。宇宙船があります。ですが、それは大破しています。

 

①範囲

P48L5~49L17

②分類

状況の描写・人物の描写

③役割

新規の情報の提示と既存の情報の補強。ここでは宇宙船が大破した後に放り出された船員たちの様子が描かれています。その点でこの部分は既存の情報の補強であると言えます。一方で、船員たちの名前も明かされており、これらは新しい情報であると言えます。そのため、この部分は提示と補強の二つの役割を担っていると言えるのではないでしょうか?

④情報

第一に、船員たちの情報が提示されています。それぞれの名前が明らかになりました。第二に、船員たちの心情が伺えます。皆、取り乱している様子です。第三に、それぞれの位置関係が分かります。それぞれの船員は散り散りになっていったようです。

 

以上で、導入部分の確認を終わります。次は承の部分の確認に移ります。

 

 

(ⅱ)承 

 

 

1.範囲

P50~P55 L9

 

2.人物

スチムソン、ホリス、アプルゲイト、二人の男、

 

3.人物の関係 

ホリスが隊長。他の人物たちは船員。

 

4.内容 

今や、宇宙船は大破し、船員たちは散り散りになってしまった。隊員たちのなかには死が迫ることを意識したことで正気を失うものもいた。隊長のホリスはそのような状況にあっても、隊長としての務めを果たそうとするが、アプルゲイトの反抗をきっかけに口を閉ざしてしまう。他の船員たちがかつての輝かしい思い出を語るなか、ホリスは一人口を閉ざしていた……

 

5.機能 

 

①範囲

P50L13~55L9

②分類

人物の描写

③役割

新規の情報の提示。起承転結の承。ここではそれぞれの船員たちの様子が描かれています。船員たちがどのような心境にあり、船長との関係の不和が描かれているという点で新規の情報の提示と言えるでしょう。ここでは、口を閉ざすホリスと語らう船員たちという対比が描かれていますが、転の部分で彼らの関係が修復されることを考えると、ここの部分は転の要素を際立たせるための前置きとして機能していると言えるのではないでしょうか?

④情報 

船員たちの情報が提示されています。具体的には名前と心境ですね。

 

(ⅲ)転

 

1.範囲

P55L10~61

 

2.人物

ホリス、アプルゲイト、レスペア

 

3.人物の関係 

ホリスは船長。他の人物は船員。

 

4.内容

依然として、ホリスと他の船員との不和は続いていた。船員の一人、レスペアは自身の過去が如何に輝かしいものであったかを語っている。ホリスは苛立ちをかかえていた。それは死を前にしたときにそれまでに何があったかは無意味であるにもかかわらず、レスペアは過去を語っているからだ。ついに、ホリスはレスペアにそのような行いに意味はないと説くも、逆に説き伏せられてしまう。自分には何もないことに気づいてしまったからだ。そのようななか、アプルゲイトがホリスに通信をかける。彼は死を前にしているからこそ、惨めさを抱えたままで死ぬのではなく、良い方向へ向かうべきだと説く。ホリスは彼の主張に感銘を受け、失われたはずの活力を取り戻す…… 

 

5.機能 

①範囲

P56L1~P56L14

②分類

人物の描写

③役割

既存の情報の補強。この部分では、承の部分でホリスが口を閉ざしていた理由が明らかになります。その理由は単純なもので、彼には語るほどの思い出がなかったからです。そのことは以下の部分に顕著に表れています。

「今、人生の末端に立って、ふりかえってみれば、心残りは一つしかなかった。」

以上の点から、この部分は承の部分のホリスの沈黙の描写を補強するに寄与していると言えるでしょう。

④情報

第一に、ホリスの沈黙の理由が提示されています。次に、レスペアという人物がどのような人物かについての情報が提示されています。

 

 

①範囲

P56L14~P60L8

②分類

人物の描写・主題の描写

③役割

既存の情報の補強・主題の提示。この部分ではホリスとレスペアの対立が描かれています。そして、レスペアとの対話のなかでホリスは過去に何かがあるかどうかで死を前にしたときの心持ちが変わるという事実に気が付きます。事実、ホリスは過去になにもないため(これは先の部分からも明らかです)ある種の惨めさを覚えています。一方で、レスペアなどは輝かしい過去を生き生きと語っています。ここでは明確な対比が描かれており、死を前にしたときに過去に何かがあるかどうかで心持ちなどが変わってくるという主題が提示されていると言えるのではないでしょうか。しかし、この後のこの主題をひっくり返すようなことが描かれていることもあって、この部分はそれまでの前置きとも言えるでしょう。

④情報

主題(死を前にしたときに過去に何かがあるかどうかで心持ちが変わること)とその前置きが提示されています。

  

 

①範囲

P60L8~61

②分類

人物の描写・主題の描写

③役割

既存の情報の補強。起承転結の転。先の部分では、死を前にしたときに過去に何かがあるかどうかで心持ちが変わるということが描かれていました。それまでの描写の積み重ねがあることでその主題は一定の説得力を持っていますが、ここではそれをひっくり返すようなことが描かれています。それは以下の部分に顕著に表れています。

「こりゃあ、まずいよ。おれたちはみじめになるだけじゃないか。こんな死に方はよくないんだ」

つまり、死を前にしたときの各々の心持ちに違いはあるとしても、大事なことは惨めさを抱えたままではなく、納得を抱えたうえで死に向かうことであるということがここでは説かれているのではないでしょうか。以上のことから、この部分では先の部分の主題を引き継ぎつつも、それをひっくり返したうえで補強していると言えるでしょう。

④情報

主題の提示がされています。

 

(ⅳ)結

 

 

1.範囲

P62~65

 

2.人物

ホリス、アプルゲイト、ストーン

 

3.人物の関係 

ホリスは宇宙船の船長。他の人物は船員。

 

4.内容 

再び、ホリスは活力を取り戻す。しかし、死が目前に迫りつつあった。地球への落下が始まりつつあったのである。最後の時、ホリスには切実な願いがあった。それは最後の瞬間に良いことをしたいというものである。願いを抱えたまま、ホリスの身体は弾のように地球へ落ちてゆく…… その後、とある田舎の道を歩いていた少年が空をふと見上げる。すると、そこには一条の流星があった。少年は星に願いをかける……

 

5.機能 

①範囲

P62~P65

②分類

主題の提示・新規の情報の提示

③役割

主題の提示・新規の情報の提示。起承転結の結。ここではホリスが地上に落下するまでの様子が描かれています。ここで重要な点はホリスが自身の死・生に納得しつつも、死ぬ前に良いことをしたいと願ったことです。そして、その願いはホリスが流星になり、それを目にした少年が願いをかけるといったように当人には思ってもいなかった形で結実します。このことから、この部分ではある人の人生は当人には予想もつかない形で誰かの人生に影響を及ぼすということが描かれていると言えるのではないでしょうか

 ④情報

第一に、墜落していく様子が描かれています。第二に、流星と少年の様子が描かれています。最後に、主題が描かれています。

 

2 後書き

ということで、『刺青の男』精読 第二回でした。今回は文章のスタイルを少し変えてみました。冗長な部分をカットし、形式を整えることで見やすさを確保しようという狙いだったのですが、成功しているでしょうか?